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2013年3月5日(2月後半)

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3月に入るとともに、気温が上がって過ごしやすい日が続いていますね。
まだ夜は少し冷え込みますが、いよいよ春を迎えそうです。
そんな中僕は、学校の課程をすべて終了し無事大学卒業を果たせそうな自分へのご褒美として、
何も課さない時間を自分に与えていました。
難しいことも考えず、
やりたいことに整理もつけず、
心の赴くままに時間を過ごして、動き出す3月に向けて気持ちを温存していました。
学校とは一線を隔して、新しい生活の始まりですね。
自分でもワクワクしています。
月を跨いでしまいましたが、2月後半の更新です。



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3月3日、いい一日。



卒業制作が終わって、先に言った通り2月は自分に時間というご褒美をあげました。
3月は色々な人と会い、報告やこれからの話、バカ話をする計画を立てています。
その先陣をきって3日、
昼間に高校時代からの友人ともよに会って、お互いに色々な話をしました。
ともよとは、大学受験の浪人時代に苦楽を共にした中で、
それ以来ずっと、何というかお互いに理解しあえる大切な友達です。
ともよからもいい報告ととてもくだらないオモローな話を受け、
いい時間を過ごせました。
小金井公園の近くで会っていたので時間もあるし、公園に行ってみようということになり、
園内にある「江戸東京たてもの園」に足を運びました。
ずっと気になっていた場所だったので、
偶然ながらいい機会でしたね。

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たてもの園内にある建物は、僕らが生まれるずっと前に建てられた文化的価値の高いものばかりなので、
ノスタルジックに浸るのは少し上の世代だろうなと感じましたが、
気持ちとは別のところで、
その作りの細かい工夫や大胆な構図、
シンプルで丁寧な仕事に、
「はァ~、へぇ~」
と2人で感心するばかりでした。笑
温故知新という言葉がピッタリくる時間を過ごしたように思います。

ともよと別れ、夜はピエロの筆のメンバーの肇と役者をやっている明石さんと飲む約束をしていました。
役者の卵である肇を、映画、ドラマ、舞台で経験豊富な明石さんに是非一度会わせたいな~という思いから実現した機会でした。
明石さんは出会ったころから何だか息が合うというか、お互いに関心がある感じがしていて、
もう会うと時間を忘れて「表現論」を語り合います。
演じる上での苦悩。
描く上での苦悩。
表現という土台の上では、役者も絵描きも違いがないことが、
明石さんと話していると確かめることが出来るんです。
今回も僕と明石さんの怒涛の表現論議は行われ、初参加の肇は入り込む隙間があまりなかったようですが、
明石さんの話にはとても刺激を受けたようで何よりでした。笑
飲み放題2時間では語りつくせず、
結局次回に持ち越しとなりました。
夢中になって写真撮るの忘れてしまった・・・

理解できるというか、価値観を共有できるような人に会えること。
自分の周りにそういう人が沢山いてくれること。
こんなに幸せなことは無いのだなと、本当にしみじみと感じています。

さて、今月はまだまだ色々な人に会わなければなりません。
今から楽しみです。



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幸せな時間



仕事もせず、すべての時間を制作に捧げた2週間。
今振り返るととても幸せな時間を過ごしたのだと、しみじみ思うわけです。
小さい頃から、何故か「やりたいことをやる」ということに対して罪の意識を抱いてきました。
「好きなことだけやって生きていける程、世の中甘くない」という漠然とした意識にずっと支配されていました。
この意識が間違っているとも思わないのですが、
かと言って正解というわけでも全然ないと思います。
重要なことは、
僕たちが生きていく中で触れ合う多くの価値観に揉まれながら、
自分の中でしっかりと価値観を育むことだと思います。
「何か」の価値観に寄り添うのではなく、
自分の本物の価値観に気づき、育てる。
それが出来れば、
「好きなもの」は邪なものではなく、「自分を生かすもの」になり、
人生を彩ってくれるものになるのではないでしょうか。

考え方の違いや、
好き嫌いの違い、
育った環境の違い、
そんな小さな尺度の一つ一つで人や物を判断して、切り捨てる。
僕自身、自分の心の部分と丁寧に向き合っていないとすぐにそういうことをやってしまいます。
小さな尺度での判断は、自分を「楽」な方向へと導いているようですが、
実は自分をどんどん狭い方向へと追いやっている行為でしかないことに、
僕もちゃんと気づけたようです。

「好き」というのはキッカケでしかないようです。
それをどう育むのかが大切な部分です。
しっかりと育むことが出来れば、
「好き」が多くのことを教えてくれて、
自分を正しく導いてくれるはずです。

僕は絵に導かれました。
「俺の作品だ!」などと高らかに叫ぶ気は全く起きません。
ただただ、大好きな絵に世の中を教えてもらう、
僕自身を教えてもらう、
幸せな時間でした。

どうか皆さんも「好き」を否定せずに、認めてあげてください。
それは自分に幸せな時間を必ずもたらしてくれるものだと思います。




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もう無理だ




「たぶんここまで来てしまったら、もう無理だな。」
最近、そうやって思うんです。
歳を取れば取るほど、自分のバランスが取れてきて、
自分と上手に付き合えるようになってくる。
だから、どうしたら自分が輝くかとか、
どうしたら自分が周囲にとっていい環境、循環になれるかとか、
そんなことも大凡わかってくる。
でも、それは自分の型に自分を当てはめて、
新鮮味も刺激もない平凡な選択を繰り返すということではくて、
ちゃんと自分が生かされるように、
ステージを整えるということ。
それをしないと、たぶん自分に充実感がもたらされることはない。
だから、もう僕はここまで来てしまったから、
自分が生かされ、僕の存在によって周囲も生かせるような、
ステージ環境を整えずにはいられないのだと思う。

だから、後戻りすることはもう無理。
始まっちまったという感じ。
はァ~、もう面倒くさかろうが何だろうが、
やるしかありません。

もう、それから逃れることは無理だ。





2月後半はこのあたりで。
3月前半も会いたい人と会う約束がいくつかあって、
中旬には大学の卒業式です。
何か、気温の上昇とともに本当に気持ちも上がっていきます。
楽しみです!
それではまた、3月中旬に。
ではでは
by keita-net6086 | 2013-03-05 12:36

2013年1月7日(12月後半)

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あけまして、おめでとうございます。
2012年、12月締めくくりの記事はまたまた一週間遅れて、年をまたいでの更新です。
あっという間に2012年も過ぎ去っていきました。
ピエロの筆の再会と企画、学校の卒業制作等で本当に時間の流れが速く、
このペースで時間が流れていったら、
あっという間にジジイだなと、しみじみと思うわけです。
今年、2013年の夏で僕は28歳になります。
26歳の時、27歳は何か次のステップに行けるような、
素晴らしい一年になるような、
そんな予感がしていました。
色々わかってきて、
自分がどんどんニュートラルになっていって、
大きな予感を受け入れるだけのベースが整いつつあります。
謙虚に、丁寧に物事に接する姿勢は保ち続け、
今まで通りこの一年も、沢山勉強したいと思います。
そんな僕ですが、今年もよろしくお願いします。
 


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良い変化はとても心地がいい



年末年始は、東京と地元茨城を行ったり来たり。
それでも実家でのんびりと過ごす時間を作れたので、リフレッシュできました。
地元で、ガキの頃から知っている地元の友人と会っていると、
変わらないと思いつつも、少しずつ皆大人になって、
妙な柵もなく、素敵な変化を感じます。
それが僕にとってはとても心地いいものでした。



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FOLLOW ME



年末に「FOLLOW ME」という映画を見て、とても印象的な台詞と出会った。

『この世で最も重い罪は、喜びを否定することだ。』

2012年、本当に多くのことについて考えたけれど、
そのすべてのものに共通する芯の部分を代弁してくれるような台詞だった。
なんで苦しいんだろう。
なんで苦しんでいるんだろう。
その難解な問いに対して、上手に答えている表現だったから、すぐに僕のアンテナに引っかかった。
この文字を太陽に透かして見ると、その裏には「あなたで生きていいんだよ。」という真意が書かれていた。
2012年の最後に観た映画は、僕にとって大きな価値のあるものだった。



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Soupir de dame

  

Soupir de dame(スピール・ド・ダム)とは「淑女のため息」という意味。
これは、スパークリングワイン等の栓を抜くときに、ボトルの内部から空気を抜くときの「シュッ」という音のことをいう。
あの音を聞いただけで、こういった表現に至る人の細やかな感性に惹き付けられる。
人生の中で、
多くのことを経験して、
あらゆるものから沢山のヒントをもらって、
「大人になろう」と丁寧な表現を心がけて、
それに伴って、更に吸収率が上がって、
そのすべてが、
体の芯から指先までに充実感を与えるように、
心と体を生かして、
グルグルと、
螺旋階段を上っていくように、
人生を進めていく。
僕はもう、
地位とか名誉とかはいらないから、
本物と本質と、
ずっと憧れだった本当の「大人」だけが欲しい。





2012年は今さらですが、このあたりで締めくくらせていただきたいと思います。
これからもこのブログは、月2回更新を続けていくつもりなので、
興味を持っていただいている方々は、今年もよろしくお願いします。
それでは新年最初の記事は、1週間後に。笑
ではでは
by keita-net6086 | 2013-01-07 14:24

2012年12月1日(11月後半)

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寒いですね。
当たり前のように。
一週間ぶりの更新です。
先の記事で、書きたいことは沢山あるが整理できていない、という話をしました。
未だ、その状態が続いています。
そして、「やらなければならないこと」に引っ張られています。
自分で前に進んでいる感覚があまりありません。
自分でカッコ悪いなーと思いながら、
今しがたズルズルと、本当にズルズルと「やらなければならないこと」に引っ張られています。
こういう状況を打開するには、思い切った行動が必要かもしれません。
早く自分の中の大きな流れに乗っからなければ、
このままズルズル引っ張られたままです。
精神も下降気味です。
一つ、自分に「何か」を与えてみよう。
そう思います。
全然整理がついていないのですが、更新します。
月をまたいでしまいましたが、11月後半の更新です。



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身体と精神を繋げるもの


精神が下降気味の僕を、地に落ちぬよう支えてくれるものの一つに、
「食」があります。
身体的に、欠くことができない食事ですが、
これは精神を支えるのにも一役買っていて、
やはり、カップラーメンの毎日では、
精神は支えられないのです。
カップラーメンがいけないのではなく、
カップラーメンを買って、日常的に食してしまう、
全過程に、精神を下降させる原因があるとおもうのです。
僕は、年に数回しかカップラーメンを食べませんが、
積極的に食べています。笑
積極的というのは、行き着いた先がカップラーメンなのではなく、
目指す先がカップラーメンということ。
きっとその全過程においては、
僕は生き生きとしているだろうと、
そう思うのです。
健康、不健康、
今の世で僕はこれについて多くを語る気はありません。
しかし、「精神が健康であること」、
これ以上に価値のあることは、僕には思いつきません。
「食」というと、どうしても身体的な健康面を強調しがちですが、
僕が食に多大なる関心を抱くのは、
精神をいい状態に保つのに、
どんなに精神がズタズタになっても、
ギリギリの、最後のところで支えていてくれるものだと考えているからです。
マクドナルドを食べるのも、カップラーメンを食べるのもいいでしょう。
それに引っ張られず、
自分の精神がいい状態にあり、
周囲の人々に、いい影響を与えるのであれば。
それでいいのだと思います。



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求めてくる音楽



ずっと昔から、僕にとってしっくりとくる音楽がなんなのかわからなかった。
というのも、あまりに周囲の評価に引っ張られてしまって、
自分の真ん中の部分で音楽を選んでいなかった。
最近、自分がニュートラルな状態にある様心がけていて、
その位置に立っていると、
周囲の評価に引っ張られていた昔の自分がバカバカしくなる。
昔は、パンクやロックも聞いたけれど、
たぶん周りのみんなが聞いていたから。
いざ力を抜いてみると、
全然好きじゃねーや。笑
もちろん、一部好きなものもあるけど。
そうやって、力を抜いて、ボーっとしてみてわかった。

クラシックだ。
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いやカッコつけているわけではない。
本当にここに行き着いてしまったという感じ。
クラシックは、
共感を求めない。
ポップやロック、パンクは、
共感、自己顕示欲、社会批判に溢れていて、
なんだか聞いていて堪能してしまう。
クラシックはもっと違うものを求めてくる。

同調だ。
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聴き始める、というか空間に流れ始めると、
じわじわと、磁石のように引き付けられ、
いつの間にか、感覚的に同調している。
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感覚をコントロールする術を、
僕はクラシックで手に入れたようだ。
ある意味、恐ろしい音楽だ。
それだけの力があるんだから。
全然書き方がわからなかった今回の投稿も、
クラシックを流したら、30分でここまで書いてしまった。

完全に同調している。
恐ろしい音楽だ。

クラシックに敬意をこめて。笑




今回は、この辺で。
12月中旬は、京都での授業を終えて帰ってきてからの投稿になります。
授業の様子やそこで感じたことなど、記せたらいいと思います。
なんだか急ぎ足ですね。
クラシックのせいです。笑
それではまた、12月中旬に。
ではでは
by keita-net6086 | 2012-12-01 16:45

2012年11月23日(11月前半)

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更新がだいぶ遅れてしまいました。
ピエロの筆の「みんなひとりぼっち展」と学校の課題提出の追い込みが重なり、
なかなか更新に手が付けられなかったのです。
本日やっと一段落しまして、ゆっくりとした一日を過ごしています。
しかし、寒いですね。
僕は部屋の中でもかなり着込んで毎日過ごしてます。
ついこの間までは半袖を来ていたのに、驚きますね。
体がこの気温の変化にしがみついていけるよう、
丁寧な体調管理を心がけたいものです。
そんなこんなで、もうすでに月末ですが11月前半の更新です。笑



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穴ぐらに籠る日々



今年、というかここ2年くらい、穴ぐらに籠る日々が続いています。
もう、さすがに大学を卒業しなければならないから、
まず「何をするか?」の最優先すべきところに勉強があるのです。
そうなってくるといよいよ外に出ない。
自分から積極的に友人を誘うこともない。
とにかく自分の穴ぐらに籠って、やることをやる。
そんな2年間だったように思います。
それもあと4か月で終了する。

「さあ、いよいよ外へ飛び出すぞ!」

と言いたいところだけれど、今本気で取り組みたいことの多くは、
云わば「穴ぐら系」なのであまり変わらないかもしれませんね。(笑)

まあとにかく、あと4か月で生活状況が大きく変化することは間違いないので、
それを一つの転機として、
これまでの2年間とは一味違った生活を送れたらいいなと思います。
穴ぐらに精神まで籠らないように。
今はこの、残りの4か月を愛おしく、大事にするべきでしょう。



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寝ている間も考えている



11月の頭に京都で3日間、学校の授業があったので一人で車で行きました。
京都なんて気を張っていくほどでもなく、6時間ほど運転すれば着いてしまいます。
僕は運転が好きなので、苦痛でも何でもなく、
ただただ音楽を聴きながら、真っ暗な一人の世界を楽しむだけです。
落ち着く時間です。

さて本題に入りましょう。
今回の京都での授業では、いよいよ卒業制作の100号キャンパスに取り組み始めました。
1ヶ月ほど筆を握っていなかったから、でっかい100号キャンバスを前にして初日はほとんど手を付けられませんでした。
1日目の授業が終わって、モヤモヤしたまま学校を後にし、モヤモヤしたまま食事をし、モヤモヤしたまま眠りにつきました。
しかし、僕はこの自分の脳に纏わりついているモヤモヤを否定的に捉えていません。
僕にとってこのモヤモヤが果たす役割は意外と重要で、
過去数々の功績を果たしてきました。
そして今回も、僕の睡眠中にこのモヤモヤが重要な仕事をしました。

夢か現か、寝ている最中に「こう描けばいいんだ!」とわかったのです。
その瞬間、バッチリ目が覚めて、急いでそれをメモに書き留め、再び眠りにつきました。
翌朝、一気に筆が進んだ僕のキャンバスを見て、
先生や他の生徒たちが一様に、「早いねー!」と言いました。(笑)
それはそのはず、何をどうすればいいかはっきり分かっていたのだから。

正直言えば、京都での授業に臨む前、少し間抜けていた。
やらきゃいけないことが沢山あって、それに取り組んではいるのだけれど、
それはやるべきことに自分が引っ張られて動いているだけで、
全然自分の意志が乗っかっていなかった。
こういう状況で生み出されるものに、いいものは無い。
どうしても、自分がやりたいことが100%演出されていないからだ。
自分の体と脳がちゃんと機能して、やるべきことの先を歩かなきゃ、
やっぱりいいものは生まれてこない。

そんな折のこの気づきは、
「寝ている間も、ちゃんと頭は働いてくれているんだ」
と思う瞬間だった。
脳と体が臨戦態勢に入ると、
こういうことが起こりやすい。
作品作りに入ったということか。



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人間としての説得力を増すだけ



最近、生きるのが辛そうな人たちに対するセンサーが強く反応する。
僕自身、もっと若い10代の頃、20代前後、
喜びも沢山知っていたけれど、
心地よく生きていると思ったことは、ごく僅かだと思う。
今は「自分が何がしたいのか」をだんだんわかり始めたから、
悩みや苦しみの、積極的解消方法を経験的に沢山身につけている。
だから、生きるのが昔よりずっと楽しいと思える。

僕が今、そんな僕だから、
生きるのが苦しい、昔の自分のような人を見ると、
やりきれない思いに襲われる。

そういう人たちは、弱音を吐き、自分を否定する。
人は、大人は、社会は、それを「甘え」と言うかもしれない。
だけど、生きるのが苦しかった経験のある僕は、教師を目指す僕は、
それを甘えだなんて捉えてはいけない。
彼、彼女が悪いわけじゃない。
生きるのが楽しいことを、気づかせてくれる大人との出会いが、
生きる喜びを知るような快感のある刺激を得られる環境が、
たまたま無かっただけなんだ。
悪くない。
友人が自ら命を絶った。
「甘え」では片づけられない問題があると知った。
僕にできることは、
「甘え」を強制することではない。
価値観を押し付けることでもない。
多くの失敗から学んできたこと、
経験から気づいてきたことを、
話すだけ、
伝えるだけ。
彼、彼女らの生きる参考資料の一つになることだけだ。
だから僕は今、経験を積んで積んで積みまくって、
人間として、
生きる参考資料としての、
説得力を増すだけだ。





11月前半は、こんなところで失礼します。
深く考えることが沢山あって、
もっともっと書きたいのですが、
うまくまとめられていません。
1週間後には後半の記事を投稿しますが、
まあ何とか、
整理してお伝えできたらと思っています。
それではまた1週間後に。(笑)
ではでは
by keita-net6086 | 2012-11-23 14:43

2012年10月16日(10月前半)

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荒々しい天候と気温も落ち着きを見せ始め、
いよいよ本格的に秋といった感じ。
半袖よりも長袖の方が心地よく、
外出時には羽織るものを持っていかないと不安なくらい。
あと一か月もすれば、みんなコートを引っ張り出して、
いよいよ本格的な冬の準備へ向かうのだろう。
そんな中、僕はいつも通り課題を進める毎日で、
毎日何だかんだ、やることやって過ごしています。
早く学校の目下の課題を一段落させて、準備中のピエロの筆の企画に本腰を入れなければなりません。
精神的には安定しているので、
計画的にしっかりこなしていこうと思います。
そんな感じで、10月前半の更新です。



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秩父



時間を見つけて、秩父に行ってきました。
よく耳にする割に一度も行ったことがなかったので、
ずっと行ってみたい気持ちを温めていました。
距離的には、下道だけでも車で2時間半くらい。
そんなに遠くはありません。
僕の感覚ですが。笑
秩父についての知識なんかを深められたかどうかはわからないのですが、
空気は感じることができたし、
今後「秩父」という名を耳にした時、イメージが湧きますからね。
いい経験でした。
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秩父は予想以上にしっかりした町で、
大自然という感覚はあまり味わえませんでした。
よく行く奥多摩の方が自然が深い印象で、
水もきれいです。
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でも周囲を山に囲われているせいか、
孤立した町独特の雰囲気があって、
もっともっと僕自身関心を持てば、色々返ってきそうな町だとも思いました。
まあ移動が多くて滞在時間が4時間くらいだったんで、
ほんの一部しか見てないですからね。
当然か。笑

また行く機会があれば、
色々探ってみたいと思います。



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自信を持つ場所



先日友人と話していて、
ふと自分の口からでた言葉に、自分自身で妙に納得してしまった。
人と話すとこういうことがよくあって、
自画自賛してしまうような言い回しや発想が出てきたりするから、
会話の重要性に気づかされますよね。
まあ失敗することも多々あるので、逆もしかりですが。
どちらにしろ、人と会話することはとても勉強になりますね。

話を戻して、
友人との会話の中に、自信についての話題があった。
「自信を持つことが大切だ。」
という考え方をベースに、自信についての話は展開していった。
その展開の中で、自信を置く位置の話に及んだ。
僕が考える正しい自信を置く位置は、
今ではなく未来にあって、
今自分の持つ知識や技術、能力に自信を持ってはいけないと考えている。
今の自分は認める、理解する対象であって、
自信を持つ対象ではない。
今の自分に自信を持てば、
それを誇示したり、他者に押し付ける行動に移してしまうだろう。
だからこそ、自信を置く位置は先の未来に置くべきで、
「俺ならできる。」「このまま続ければ絶対成功する。」
というのが正しい自信の持ち方だと思う。
だって自信は「自分を信じる。」と書くのだから。
もともと状態ではなく、進行形の意味を持った言葉なんですよね。

僕自信、そう思って友人に話した瞬間、
「なるほどな~」って思ってました。笑
自分に酔って気持ち悪いですね。

いつでも納得できるのは、シンプルで当たり前のことばかり。
今回も、当たり前のことに気づいて、
妙に納得。
僕もまだまだということですね。
少しずつ、底上げしていきます。




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線の質



僕はまあ一応美大生ですから、線というものを沢山引くわけです。
それは絵を描く線にとどまらず、
字を書く線、縁取る線など、
とにかく沢山の線を引いてきており、
これからも沢山の線を引いていくことでしょう。

宮崎駿が面白いことを言っていて、
「人間が一生に引ける線の距離は限られているんです。
 地球を七周り半とか。
 僕はもうとっくに超えていますがね。 」

なんて言っていた。
冗談めいた言葉の中にも、どこか真実味があって、
そういう発想を自分の向こう側に置くことで、
前進し続ける自分を励ましているんだと感じた。

僕はいったいどれくらいの線を引いてきただろうか。
小さい頃から、
線の質は僕にとっての重要な問題で、
引けば引くほど、その質が向上してきていることはわかっている。
しかしそれを、単に技術が伸びたといえば僕の気持ちは消化不良を起こしかねない。
線の質の向上が表すのは、
ペンや鉛筆の持ち方、
手首の使い方、
腕の使い方、
目の使い方、
脳の使い方、
これらすべての質の向上だった。
柔軟性、丁寧さ、
経験をもとに育まれるこれらの質が、
線の質にも反映される。
人間的な成長を、一本の線が表すのかもしれない。
だから「絵」は絶対に嘘をつけないのです。

地球を七周り半した時、
僕は人としてどのくらいの位置にいるのだろう。
線の質を見ることで、
今の自分の立ち位置を確認してみる。
モヤモヤしたら、
そんなことで自分を客観視するのも悪くない。




冒頭にも書いたけど、いよいよ本格的な秋です。
気温も安定してきたから、
動こうと思えば夏よりもずっと動きやすいですね。
気を抜くことなく、
計画的に前に進んでいきたいと思います。
それではまた、10月下旬に。
ではでは
by keita-net6086 | 2012-10-16 13:22

2012年6月28日(6月前後半合併号)

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天候が安定しない日が続き、
体調がすぐれない友人が周りにちらほら。
そんな中、僕の体は何故か絶好調で、
やるべきことが沢山あるので、気持ちばかりが切羽詰っているような毎日です。
教育実習を言い訳に、6月前半の記事を投稿しはぐってしまいました。
だらしないですね。
月2回更新を決めてからの1年で初めてのことです。
まあ、1年間自分ルールを守ってよくやりました。
これからも気を引き締めて続けます。
そんなわけで、「6月前後半合併号」と題し、今月を締めくくりたいと思います。
ちょっと長いかな。
6月末の更新です。



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教育実習



渡辺先生と呼ばれ続けた3週間、
「先生」と呼ばれることに喜びを感じたり、罪悪感を感じたり。
いつだってそのバランス感覚が必要で、
どちらに胡坐をかいてもいけないのだろう。

何て狭い世界で、途方もない程の可能性を育てているのかと思った。
生徒は生徒にならなければならないし、
先生は先生にならなければならない。
「学校」という柵に閉ざされた意識は、
そこに人間的な魅力さえ失われている時があった。

きっと、あっけらかんとした人間らしい言葉や表情を使えば、
簡単に飛び越えられる小さなハードルを、
狭い世界でのルールを重んじるがあまりに、
自分の脚力の使い方まで忘れてしまって飛び越えられないようだった。

高校生はおそらく、僕たち以上に多くのポーズを取っている。
彼らは理解力はあるけれど、まだまだ言葉にすることが苦手で、
人を説得したり、納得させたりする手段を経験的に身につけていない。
だから、思いを大人に伝えられないもどかしさに苛まれ、
ストレスに対する自己防衛的な行動(ポーズ)を繰り返すのだと思う。

生徒も、先生も、
解放されない心のストレスを、色々なポーズでごまかしているかのよう。
学校の中に、もっともっと人間らしい姿を求めてもいいんじゃないか。

そのために絶対的に必要なことは、
生涯をかけて自己実現を目指す教師の姿だとおもった。
はっきり言って、生徒はその姿を見ていればいいと思う。

ずっとずっと、
死ぬまで僕たち人間は学習することで、
ずっとずっと輝いていけるのだと信じたい。

生徒も教師も、
勝手に諦めるな。
できるかできないかではなくて、
やるかやらないかだよ。

世の中はきっと、
僕たちが思っている以上に寛容で、
柔軟で、
シンプルだと思う。
勝手に難しくしているのは僕たちで、
何故か大人はそのややこしい難しさを子どもに押し付けたがる。

そんなことをする前に、
学習しろ!
大人も子どもも学習しろ!

きっとそうすることで、
つまんないことを考えなくなる。
柵なんて越えられる。

教育実習を終えました。




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取手市親睦ソフトボール大会2年連続6か7回目の優勝




大学生の頃から、毎年6月の恒例行事ソフトボール大会。
もちろん今年も出場、そして優勝。
今年ほど気持ちよく、優勝した年はないんじゃないかな。
いや、楽しかった。
それにしてもやはり地元は楽しい。
夜中にいきなり、何故か高速のサービスエリアにラーメン食いに行ったり、
寿司食いに行ったり。
25歳を過ぎて、みんなそこそこ生活が安定してきて(僕は落ち着いてない)、
どう遊んでいくかを模索しているよう。
まあそんな話は抜きにして、
チビの時からの友達は、何だか代えがたいものを共有していると感じた時間でした。




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ピエロの筆




春にピエロの筆復活第一弾企画「やりすぎピクニック」を終えた直後から、
ピエロは8月のイベント出展に向けて既に動きだしていました。
今はそのミーティングを重ねていて、いよいよ制作に入る直前といったところ。
ミーティングも大詰めです。

「つくる」ことに対して、純粋な気持ちを、熱い気持ちを恥ずかしげもなくぶつけられる場所であるピエロの筆。
妥協は許されない場所だけど、究極の遊びであるが故に、何だかもの凄い安心感を得られる場所でもある。
たぶん、5人で集まると自分の好きなことに対して「素直になっていいよ」という空気が充満しているんだよね。
だから、ピエロの活動が自分の活動の精神的支えになってたりもする。
いやいや、身内ネタ気持ち悪いですね。笑




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絵を描かなきゃ




教育実習が終わって、いよいよ怒涛の制作の日々です。
2か月で目標10枚。
普通に考えたら、無理です。
でも、普通の感覚じゃ無くすればいいんでしょ。
バカになればいいんでしょ。
徹底的になってやりますよ。
変態野郎に。
さあ、勝負ですな。
今までで最も手ごわい自分との闘いになったりして。




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人生は意外と長いことに気づく




10代~60代まで幅広い年齢の人達と話をする。
〝礼儀〟と〝共感する姿勢〟と〝自分の明確な価値観〟をもってすれば、
どんな年齢の人とだって会話を楽しめる。
そういう会話が、自分をどんどん柔軟にしていって、色んな人から色んなヒントを貰えたりする。
そうやって、色んな人から色々ヒントをもらって、柔軟に考えられるようになればなるほど、
限定的で閉鎖的な言葉が嫌いになる。
例えば「絶対無理!」「どうせ~」とかね。
自分をそうやって守っていたいくなる気持ちはよくわかるけど。
社会に出ると気づく。
「意外と世の中って、自由だな。」と。
たぶん大学生くらいまでは、気づきにくい。
何だか学校でよくわからん大人たちに、よくわからん社会を押し付けられてきているから。
そうやって20代前半まで生き急いできた結果、宙ぶらりんな気持ちが心のどっかにあって、
よくわからない虚無感に襲われる。
それから子どもを育て、一人前にした後に残るのが、自由すぎる時間。
例えばそれが50歳だとして、うまくいけばあと40~50年は生きられる。
50年って。
どうしようって感じですきっと。
さあ何しよう?笑

人生は意外と長く、自由だ。

このことを20代でしっかりと認識しておかないと、人生もったいないことになっちゃう気がする。
焦ってる周りの若い人たちは、おっさん達が足並みそろえて言っている、
「若いうちに好きなことを好きなだけやれ!」
という言葉を重く受け取るべきだと思う。
おっさんたちが取り返せない時間を、僕たちは責任を持って生かしていくべきじゃないかと思うんだ。
だから、
勝手に諦めないで、やりたいならやってみる。
それだけで、もしかしたら人生楽しめちゃうかも。
そんなお話しでした。







6月合併号、この辺りで失礼します。
6月前半、楽しみにしていてくれた人がいたらごめんなさいでした。
今後、気を引き締めて月2回更新を続けていきたいと思います。
それではまた、7月中旬に。
ではでは
by keita-net6086 | 2012-06-28 18:12

2012年3月1日(2月後半)

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え?



「なんだこれは。」
と、思わず独り言を。
恐ろしいほど降っている。



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気持ち悪いと言われても



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鶏肉のソテー バルサミコソースがけ
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ツナとごっそり野菜のスパゲッティーニ



たとえ、やりすぎて、頑張りすぎて、
「気持ち悪い」とか「カッコつけてる」とか言われても続けていこうと思う。
だって絶対大事なもので、人生を支えてくれると思うから。
僕は続けますよ。
単純に好きだし。
何とでも言ってくれ。



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このコストパフォーマンスはすごい



僕が地元で一番おいしいと思うとんかつ屋さんに久々に行った。
ランチは初めてだったけど、凄すぎて笑ってしまいました。
3種の漬物→山盛りキャベツ→もやしのバター炒め→とんかつ・ご飯・赤だし→青しそ茶→コーヒー
で、1200円。
いやいや、これは凄い。

かつ吉 野庵



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行方バーガー



茨城のご当地グルメ、行方バーガーを食べてきました。
行方バーガーとは、養殖用として持ち込まれたアメリカナマズが霞ヶ浦で大繁殖してしまって、
生態系を乱しているから食べちゃえ!というよくある話から生まれたご当地グルメです。
正式名称は「なめパックン」。
アメリカナマズのカマ肉(胸びれの付いている部分)を中心に玉葱と蓮根を加えたパティを使用。タルタルソースと1振りのチリソースで味付けする。ほか、わさび菜・レタス・きゅうり・トマトをサンドしている。1個480円。
味は、ソースが勝ちすぎててよくわかりませんでした。
霞ヶ浦にお越しの際は是非お試しを。

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なめパックンが売っている地産物直売所。
僕は直売所が大好きです。
野菜はごっそり安いし、「何これ?」って発見が沢山あるので。
東京にも沢山あると嬉しいんだけどな。

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行方バーガーを食べた後、その足で成田山新勝寺
近くながら初めて行ったので新鮮でした。
成田山のためにJR成田線が敷かれたというのだから、どれだけ権威のある寺なのかがわかりますね。

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参道は古い歴史を感じるものですごく良かった。
木造建築は僕たち日本人の原風景なのでしょう。
細部まで加工された木は、やはりとても魅力的なものでした。

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参道にはウナギ屋が多く、職人が捌く姿はめちゃくちゃかっこ良かったです。
しかし、「職人が見世物にされてるのって職人的にどうなんだろうね?」と思わず友人と真剣な話を。笑
地元の友人との長距離ドライブは楽しいですね。
充実でした。



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久々にやられた



いやいや、やはりすごい子はいるもので久々に学生の作品で感動させられました。
以前紹介した女子美術大学の友人の卒展でその作品と出会いました。
作品は久芳真純さんの「ハチの巣になりたい」。
布と蝋だけで制作したものだそうです。
何時間でも見ていたいような作品でした。
いい写真が撮れなかったので、あえて一部の写真にしました。
いい作品なので、下手な写真では失礼なので。

僕は展示会に行くと、会場に入る前に気を張ります。
作品に呑まれないためです。
せっかくの展示会なのにもったいないと思うかもしれませんが、このスタイルの方がいい作品に気づくのです。
張っている僕の気なんか簡単に乗り越えてきます。
いい作品の放つ気は。
全てを受け入れようとすればする程、何も入ってこないという矛盾を何回も経験しているので、自然とこのスタイルになりました。
僕に襲い掛かるいい作品の気は、僕に広い世界を教えてくれます。
僕も負けていられません。
頑張ろう。



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ピエロの筆、再会


2012年2月26日15時30分。
僕は一年前に約束した集合場所に着いた。
約束は16時。
まだ誰も来ていない。
手帳を開き今日が2月26日であることを改めて確認する。
約束の10分前。
僕はトイレに立つ。
席に戻るとそこにはサクがいた。
再会を懐かしむ間もなく、ハナがトボトボと足音も立てずに現れた。
そして、16時ちょうど。
その時を待ってハジが登場。
ハジの後を追ってヤスが現れた。
前日にハナに三重県に住む夢子から手紙が届く。

これにて、ピエロの筆全員集合。




色々書きたいことはあるのですが、一先ずこれにて今回は終わりにします。
3月前半の投稿に2012年を綴ります。
それではまた、3月中旬に会いましょう。
by keita-net6086 | 2012-03-01 03:36

2012年2月15日(2月前半)

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ピエロの筆


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上の写真、メンバーの性格というか、ピエロの筆における役割をよく表している気がする。
各々が動いた結果、まとまる。
バラバラの方が、うまくいく。
根本のところで共通するものがあればそれでいい。
みんなこの一年、全然違うことを一生懸命やってんだろう。
僕もやるだけのことはやった。
楽しみで仕方がないですね。
行ってきます。
再会まで、あと11日。



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Kitchen



年末にやろうと計画していたキッチンの改造、
2月に入って学校の試験と課題をすべて提出し終わったのでやっとできました。

カウンターが支配していていた以前の形を変えて、壁にカウンターを取り付けました。
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あと棚も増やして収納力アップ!
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したのはいいけど、高さが出すぎたのでこれから地震対策を考えます。
さすがに危ないと思うので。

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使いやすくなって、増々キッチンにいる時間が長くなるでしょう。
改善していくことはいいですね。
気持ちがいい状態にあるので行動に移りやすくなります。
よし、今まで作ったことない料理に挑戦しようと思います!



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スマホ、でびゅー



しちゃいました。
リモコンリモコンとバカにされ続けながら6年も使い続けた携帯の一部が破損して、「替え時かな~」って思って調べたら、毎月払っている金額とほぼ同額で機種変更できるとわかったので。
あと、「小さい」「ボタン」という僕のこだわりを満たしてくれるスマートフォンがあったのが大きい。
それは、Black berryです。
持っている人が限りなく少なく、余計な機能がついていないというのがまた、天邪鬼の僕を納得させてくれました。
既に愛着わいてます。
バイト先の料理長に初落下させられて、傷が付きましたが元気です。



社会



このブログにおいて僕はよく「社会」の話題を出します。
やはり26歳になってもまだ、世間で言う「社会人」でないことにコンプレックスがあるからなのでしょうか。
いや、抵抗し続けたいのです。
若い世代に「社会人」を押し付ける大人たちに。
僕は大学生くらいから自分は「しゃかい人」だという認識で生きてきました。
それはおそらくヒッチハイクで屋久島に行ったあたりからだと思います。
仕事、礼儀、建前…それができるのが「社会人」。
ずっと疑問がありました。
それさえやっていれば文句ねえだろ!って感じが物凄いするのです。
一般的な「社会人」として立派な人はたくさん見たことがありますが、人間的に立派な人はほとんど見たことがありません。
もちろん僕も立派な人間などではありません。
でも、それでいいと思うのです。
誰にでもだらしない部分はあるし、誰にでも隠したい部分はあるものです。
だからこそ、「社会人」として生きるのではなく「自分」で生きる時代なのではないでしょうか。
自分らしく生きることで、いい顔がで生きる。
それ以上のことはないと思います。

僕の考える「しゃかい人」は、「人や多くのモノ・コトとの繋がりの中で自分がどう生きるのか考え始めた人」です。
そう、社会の価値観に従うのではなく、重要なのは自分で考えることです。
「社会人」を価値の中心としてきた結果、水道の前で蛇口をひねることもせず水が出てくるのを待っているような子どもたちが増えてしまったのだと思います。
思考停止。
今、学校で教えることと日々の生活の間に大きな溝が出来てきています。
家や社会では全自動で生きる。
学校でやることは原始人の生活。
生活の中で価値を見いだせなければ、学校での学びは無と化します。

昔に戻ろうというのではありません。
子どもたちを自分の頭で考えて生きていけるようにしようと言いたいのです。
火を使うこと、水を使うこと、土に触ること、生き物に触ること…
これらは「こうしたら、こうなる」ことを教えてくれます。
脳のもっとも基準となる部分なのではないでしょうか。

学校で教わることと、生活がつながること。
これ以上、学校と生活が離れていかないように、偏った「社会人」を子どもたちに押しつて欲しくない。
自分の頭で考える「しゃかい人」の世の中に。
答えのない世の中に。
答えのないことがどんなに楽しいことか。

それが言いたかっただけでした。









2月26日 16時 渋谷。
ピエロの筆再会。
次の投稿の時にはメンバーと再会した感想などを綴れると思います。
では、2月後半に!
また。
by keita-net6086 | 2012-02-15 13:06

2012年2月2日(1月後半)

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ピエロの筆


さて、そろそろ出発の準備でも始めますか。
ピエロの筆、再会まであと24日。



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自由へ



何でもある程度できるようになりたい。
そうすれば多くのものに共通するきっと重要な何かを、もっと理解できるだろうから。
全部に柔軟に。
本当の意味での自由とはそういうことじゃないのかと思う。




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僕のごはん



昨夜、友達に「米食わなそうだよね。」と言われた。
いや、米で育ってきたつもりだし大好きなんだが確かに最近8割麺類かパンだ。
僕のごはんはいつもこんな感じです。

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家にいるときは大体ペペロンチーノを食べています。
簡単だし、うまいし、飽きない。
これはニンニク、アンチョビ、鷹の爪をオリーブオイルで香りをだし、
ツナと白菜と玉ねぎを加えたやつ。
とってもオシャレですね。
アンチョビですよ、アンチョビ。
カタカナ出しときゃオシャレになります。
胃の中からオシャレになった気がします。


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そして最近はまっているのが「KIRIN FREE」です。
やっぱ酒飲みたくなるけど、家では大体課題をやってるから昼間は飲めない。
そんな時にはこいつがそんな欲求をごまかしてくれます。
僕は本当はただの炭酸水が好きなんだけど、最近はこいつばっかりだ。
「麒麟 自由」
中国語ではこう書くのでしょうか?
僕は第二外国語、中国語でしたが中国語に触れた記憶はありません。

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そして、コーヒー。
僕のマストアイテムです。
絶対に切らしません。
KALDI通いまくってます。
安いから。
写真のエルサルバトルはなかなかです。
色がとってもエルサルバトルですね。
この色はエルサルバトルにしかでません。
僕にはわかりませんが。


僕のある日の一食事でした。
くそくらえ!



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写真



最近、バイト先の料理を撮影している。
場所とか時間とか、結構カメラマン泣かせの条件だけど、
いやはや勉強になる。
これは云わば僕の作品のような他者の作品。
僕だけじゃダメ。
挑戦はやはりいろいろ僕に教えてくれます。
楽しいですね。

とりあえず、時給をもっとあげてください。



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先の記事で描きはじめを公開した絵。
いよいよ大詰めです。
こっからどこまで行けるかが勝負です。
あと三日間、描き続けます。
よし、あと一息!



集中力



集中力って本当に長い時間は続かない。
絵を描いているとき、細部に目が届かなくなったり、筆のタッチが雑になってきたら潔くやめるのがいい。
タバコでも吸って、また描きたい衝動が起こるのを待つ。
授業に応用できるな、これは。
はい、それだけです。




それではまた。
2月中旬に。
by keita-net6086 | 2012-02-02 13:11

2012年1月16日(1月前半)

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朝7時に起き、一日の計画を立てるとともにブログを更新しています。
これから昼、夜ともにバイトです。
最近は気持ちのバランスもとれていて、そのおかげで全てを前向きに考えることができています。
冬だ冬だと言っていますが、後一か月もすれば春ですね。
体調管理とエアコンのつけっぱなしには気をつけたいと思います。
さて、1月前半の更新です。



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1月5日、am6:00



平日の朝6時、通勤の人々で賑わう電車に乗った。
ニット帽にリュック、ハーフパンツにトレッキングブーツ。
平日の早朝にこんな格好で電車に乗るのは僕1人くらいだ。
これから「社会」の中に飛び込んでいく、一様な服装の人たちに囲まれたハーフパンツの僕は、改めて「社会」のドブネズミのような存在なのだと感じた。
「社会」は「こうしなきゃ、こうでなきゃいけない」という意識を社会人に求め、社会人はそれに応えることに価値を見いだす。

1月5日の朝、電車の中で見た立派な社会人たちを鏡に、僕は驚くほど冷めた気持ちで自分を見た。

社会に飛び込む鋭気を養う者、異様な姿の僕を不思議そうに見る者、これから奪われる何時間もの自分の時間を少しでも取り返そうと携帯をいじる者。

皆社会に向かう人たちだ。

僕は山へ向かっている。
絵の取材のためだ。
もちろん収入に繋がるものではなく、学校の作品作りのための取材だ。

26年も生きていて、未だに収入に繋がらないことに心血をそそいでいる。



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御岳山



絵の取材にどこに行こうかと迷ったが、山を選んだ。
重要な作品を作るとき、僕は頭で考えることにストップをかける。
頭の中では自分の範疇を超えないから。
絵を描く時と同様に自分を壊す。
自分を超えたとき、僕はその作品に対して初めて謙虚に挑戦することができる。
山に来ると多くのインスピレーションを得られるのは、自然は僕らが思っている以上に何でもありだからだろう。
ちっちゃい僕の中の「自分」なんか簡単に壊してくれる。
僕たちは社会っていう漠然とした規範、決まり事の中で生きているから、それは余計に。
今回も沢山のヒントを与えてくれた御岳山に感謝、感謝。

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山で飲むコーヒーとタバコは格別。
これ、間違いない。




・・・




やっぱりまだ26歳何だって思う。
これは前向きな意味で。
絵を描いているとどんどん絵のことがわかってきて、それと同時にまだまだ先があることを知るから。


僕たちはおそらく、急な不幸がなければ70歳位までは元気に生きていけるんじゃないかと思う。
そう考えるとあと50年もあるんだ。
50年もつくれる。
何だか22歳くらいになったら定職について無難な人生を歩まなきゃいけないような風潮があるが、それが若い人たちに圧力をかけて老けさせているように思う。
「どうせできない」とか「自分なんか」とかそういう意識を社会のイデオロギーが若い人たちに植え付ける。
「成長」においては、重要なのは結果ではなく過程なのに。

やってもいないくせに吐かれる後ろ向きな言葉は、僕を全然わくわくさせてくれない。
決めつけ、妥協、あきらめ。

何にだって、年相応の輝かせ方はあるはずなのに。
僕はまだ半分も生きていない。
何故、今「安定」しなきゃいけないんだ。
はっきりとした目標と意識、健康な体。
これだけで十分だ。
後は何が起こるかわからない新しい一日を生きるだけ。
金なんて何とでもなるだろう。







制作途中を公開するのはあまり好きじゃないが、今回は何となく公開しようと思った。
描き始めと1/5くらいまで進行したところ。

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では、1月後半にまた。
by keita-net6086 | 2012-01-16 09:39