タグ:写真 ( 51 ) タグの人気記事

2014年1月6日(12月合併号)

e0102806_155372.jpg

明けましておめでとうございます。
結局12月年内の更新もままならず、年を跨いで、正月もゆっくり過ごしてからの更新です。
何だか年始早々にこういうことを言うのも少し気が引けるのだけれど、最近は上手く自分を動機づけることができていないのです。
仕事がある程度自分の思い描いたように上手くいき始めたので、まだまだ取るに足らないレベルにも関わらず中弛みというか、
少し余裕ができたように、できることをやらない、やりたがらないで後手後手に回ってしまう自分がいるのです。
狭い範囲での自分の成果に満足している自分がいるのです。
これは自分の成長を妨げる類いのもので、
早く今の状況を打開しなければならないと、僕の内側は忙しなくモヤモヤが渦巻いています。
e0102806_1555216.jpg

自分の不満とか、うまくいかないことを少し前までは人のせいにしがちだったけど、
人は自分を写す鏡だと思えば、人の僕に対する接し方が僕自身に対する答えであって、
不満も失敗も自分の責任だと覚悟を決めることができるのです。
僕の姿が人をそうさせることに気が付きます。
「俺ってこうしたかったんだ。こんな人間だったんだ。」
と人から教わることができるのです。
e0102806_156744.jpg

自分を一番理解しているのは自分だ。
これはあながち間違ってはいないと思うけれど、このことに固執してしまうと自分を見失ってしまいます。
自分を良く生かしてあげなければならないのは間違いなく自分だけれど、
そのヒントはちゃんと他との繋がりの中から見出さなければならないでしょう。

e0102806_1562533.jpg


今年の初詣は、
僕以外に参拝者の見当たらない、実家から一番近いところにあるボロボロの神社でした。
小さな頃から馴染みのあるこの神社が、
何故か今年の初めに訪れるべきところだと思ったのです。

今年はもっともっと素直になれるように。
もっともっと気持ちのいい人間になれるように。
今までのすべての経験が報われた人間であれるように。
e0102806_1564758.jpg

占いの好きな母親が、
「あんたは今年は花開く年だって。」
と何気なく言った一言に背中を押され、そのイメージを温めています。

間違いなく、僕は才能溢れる人間ではないから、
花が開くのは若い内ではないと確信していました。
そのことにふて腐れていたわけではなく、
さっさと輝かしいステージは諦めて、努力して、勉強して、
何とか少しでも価値のある人間になろうと決めていたのです。
その僕が花開くというのはどういうことだろうと、今はそのイメージを温めるのです。

e0102806_157938.jpg


世の中から沢山刺激を受けて、ピンとくるもの来ないもの、感動するものしないもの、興奮するものしないもの。
そんな振り分けを何回も経験することでわかってくる、自分にとって大切なこと。
そして、こういうことを大切にしたい人間なんだってことを客観的に理解することが重要です。
だから、自分にはできるだけ幅広い経験を与えた方が、自分で自分を理解できるようになると思うのです。

僕にとって、はじめて歩く道はただそれだけで価値があります。
知らないというだけで、多大なる価値がある。
だから、知らないことを知った時、28年と5ヵ月生きた僕から湧いてくる感情を大切にしようと思うのです。
それが、たぶん今この歳でしかできない行動や経験の幅を広げるし、今後の人生において掛替えのない程の価値のあることになるのです。
e0102806_1573847.jpg

自分の感情を記号化しないよう、丁寧に扱うことを心がけます。
たぶん、サービス業が溢れ替える中であまりにも記号化されたものばかりを僕たちはみるようになりました。
そのことが原因で、複雑さを豊かなものとして受け入れるのではなく、面倒なものに陥れてしまいがちです。
絵を描くと、世の中の僕たちが普段目にしているものの複雑さに面食らうことになります。
空は決して「青」ではないし、マクドナルドの看板は決して「赤と黄色」ではないのです。
僕たちの周りにはあまりにも複雑で、あまりにも綺麗なものたちが溢れています。
そんな世界にいるのだと、十分認識して、
単純化することばかりに終始しないよう、バランスをしっかりとっていきたいと思います。
e0102806_1575481.jpg

年の初めにここに綴るのは、やはり今年の意気込みだけれど、
リセットではなく、ずっと繋がってきた流れの中での再確認。
今年はこのブログももっとしっかり進めていけたらいいなと思います。

12月合併号はこの辺りで。
この1月からしっかり更新していけたらと思います。
ではでは
by keita-net6086 | 2014-01-06 15:08

2013年11月16日(10月11月前半合併号)


e0102806_1351276.jpg


10月に入って、職場が変わって一気に押し寄せてきたあまりにも多い課題の数々。
それらが僕に襲いかかって来るだろうと精神的な準備はしていたけれど、いざそれらと向き合ってみると、自分の仮定的で希望的観測の強いイメージがあまりにも貧弱であることに驚かされました。
やはり、事実とぶつかり合って、それらにしっかり触れることで、自分の肌でその温度や固さ、湿度を感じること。その感覚的材料をまずは多く保有するところから始まるのだと改めて思ったのです。
季節はめっきり秋を深め、日々寒さを増す気温に反比例するように植物は暖色を纏っていくようです。
僕はこの季節が何だか以前よりもずっと好きになっていて、忙しいというフレーズが当てはまるような日々の中でも、慈愛あるしっとりとした今の季節が僕を慰めてくれます。
そのおかげで、沢山の課題を前にしても精神的には良好な状態で前に進んでいます。
10月から更新できなかったので、合併号としてここに綴ります。
月を跨いで10月と11月前半の合併号の更新です。



e0102806_13513927.jpg




イトヨリダイから



先日ASOで食事をした時のこと。メインディッシュでいただいたイトヨリダイを食べたあとこんなことを思った。

「僕たちが何にお金を払っているのかが重要なんだ。」

付け合わせは軽くグリルされた野菜。イトヨリダイは小麦粉を着けてカリッと香ばしくソテーされていて、ブールブランソースとバルサミコソースで仕上げられていた。
とても丁寧に作られていて、全然ネガティブな感情はなかったのだが、「これくらいならできないことはないな~」、とただそれだけ思った。
食事には一通り満足だったし、自分の負けず嫌い精神が強く働いたわけでもない。
ただ、お金で測ることができる価値の内訳は、実質的に僕たちが料理を口に入れる手前までに大きく左右されることを本当に強く再認識した。

つい数日前、スーパーで398円がタイムセールで半額になっているイトヨリダイを買って、自分で調理して食べた。
イトヨリダイはいつも美味しくそこにあるのだと肌に触れて理解ができた。

何が重要なのか、少しずつわかってきている感覚がある。
もう少し、もう少し。
答えはないけど、何かを掴めるまでもう少し。
そのあと一歩は、僕の内側にもお既にあるのかもしれない。



e0102806_13523494.jpg




昔の僕に謝りたい



何を割りきろうと、「今」だけがその答えであって、それがそのまま実力だと言わざるを得ない。
今はそれ以上でも以下でもなく、可能性をどれだけ保持していようが、今その目に映る僕が僕の実力なんだ。

事実

それはいつからか僕が最も重要だと考えるようになったことだ。
徐々に徐々に、様々な経験を経て、その考えに至るヒントを積み重ねた。
祖父の亡骸を撮ったとき、今まで撮っていた写真が事実を写しているようで、そうでないことがよくわかった。
僕の脳と、目と、感情と、フィルムとレンズと、被写体がひとつの一貫した線で結ばれておらず、結ばれなかった理由は、僕の自己顕示欲や虚栄心に満ちた幼い感情が、目の前にある事実を切り離していたこと。

割りきったり、切り離したり、意識的でも無意識でも、どちらでさえそれは、自分を防衛するために築いたつもりがいつのまにか自分の回りを囲い、自分自身を狭い世界へ閉じ込めることになっていた。

そのことに気づけた今、後悔はしていないけれど昔の自分に謝りたいと思う。
昔の僕の可能性を十分に生かしてあげられなくてごめんなさい。
今の僕から昔の僕へ、正しいかどうかはわからないけれど、そういう感情が自然と湧いて出てくる。
この感情はたぶん、今はもういない昔の僕へではなく、昔の僕のような僕よりも若い世代に送るべきなのだと思う。

勿論、一教育者として。

溢れんばかりの可能性を潰さない。
自分の中に流れる時間を、割りきったり、切り離したりせず、自分の人生の上にしっかり乗せられるようにサポートする。
たぶんそんなことが、僕の仕事になるのだ。
ただそれだけでいいのだと思う。

大事なのは、過去とも未来とも繋がった「今」。
今と言う「事実」だけが応えだ。

僕自身、その事から逃げてはいけないのだと強く思うこの頃なのである。



e0102806_13541347.jpg




山梨



に行ってきました。
よく行くとは言わないけれど、何故だか親しみあるというか、馴染みのある懐かしい臭いのする土地なのです。

久々に富士山を間近に見て、恐らく行ったときがピークであろう鮮やかな紅葉に心震えっぱなしでした。
呼吸を深く吐きたくなるような環境に、体の内からリセットさせられました。
沢山の写真を撮ったのでそれを載せることにします。

e0102806_13545567.jpg


e0102806_13575768.jpg


e0102806_13581131.jpg


e0102806_13583210.jpg


e0102806_1359364.jpg


e0102806_13592458.jpg


e0102806_13595423.jpg


今回はこの辺で。
沢山感じることがあり、それを元に沢山考えた1ヵ月間だったけど、それを整理して文章に落とすことがなかなかできませんでした。
更新できず情けない自分を再認識。
またここからしっかりと更新を続けていきたいと思います。
それではまた11月後半に。
ではでは。
by keita-net6086 | 2013-11-16 14:02

2013年10月12日(9月後半)


e0102806_14563911.jpg


言い訳するまでもなく、9月後半の更新を10月の中旬にさしかかって更新する始末です。
この言い訳は後程することにして、季節は本格的に秋を迎えようとしていますね。
夏の青々とした葉の色は表面に薄く黄色を纏うように、
艶やかな表情を見せ始めています。
秋は女性の季節と言わんばかりの、
しっとりとしていて、慈愛のある、
夏よりも内側からの温かみを感じる季節ですね。
昔よりもすべての季節に寛容になって、
あらゆる変化をもっと繊細に自分の中に吸収することが出来るなら、
たぶん自然とそれは表現の方にも還元されて、
豊かな影響力を持てるようになるのかなと思います。
気持ちも、外に出すより内側で温めることが多くなるこの季節、
月をだいぶ跨ぎましたが、9月後半の更新です。



e0102806_1524923.jpg




ダメな時間



先に述べたように、更新がこれだけ遅れた理由を言い訳をさせてもらうと、
職場が変わるにあたって1週間ほどの休みを過ごしていました。
この有り余る時間に僕がやろうと決めていたのは、徹底的にダメな時間を過ごすこと。
否が応でも考え、実行し続けなければならない時間をこれから過ごすことになるので、
その日々が始まる前に徹底的に力を抜こうと決めたのです。
仕事のことも、ブログのことも何も考えず、
子どものような時間を過ごす。
それがしたかったのです。

フリーランスとして働いていて、自由というものがそれなりに大変であることを認識すると、
如何にして自分のペース造りを確立するのかが重要になってきました。
自分のお尻を自分で叩かなければいけない状態が毎日続くのです。
そうやって「時間」というものに対して繊細な意識を配っていると、
僕が持っている時間には、本当に色々な時間があることを認識しました。
その中でも「ダメな時間」は底辺に合って、
底辺にあるからと言って、避難されるべき時間ではなくて、
他人や、それ以前に社会性を持った自分の意識が

「何やってんの?」

という感情を抱くような、理解され難い時間であるというだけです。
「ダメな時間」は社会に理解はされ難くも、実は僕の持つ様々な時間の中で底辺を支える大切な時間なのです。
中々大切にしてあげられないから、僕はこのまとまった休みの間に「ダメな時間」を大切にしようと決めたのです。
子どものように、赴くままに、考える前に動き出すような、
突拍子もない時間。
「気持ちいい」ことを優先し、
純度の高い自分の気持ちを確かめる。

そういう時間に9月末から10月頭を当てることが出来ました。
今回は難しい事なしです。

ダメな時間に日光に行ってきました。
旧友とサッカーをしたり、海に行ったり、飲んだり、釣りをしたりしました。
良い時間を過ごせました。
さあ、ここから再スタート。

うしっっ!!

e0102806_1531749.jpg


e0102806_1533460.jpg


e0102806_1534970.jpg


e0102806_154318.jpg


e0102806_1541822.jpg


e0102806_154337.jpg


e0102806_1544852.jpg


e0102806_1554457.jpg


e0102806_155487.jpg


e0102806_1552662.jpg


e0102806_1561140.jpg


e0102806_156276.jpg


e0102806_1564049.jpg

by keita-net6086 | 2013-10-12 15:06

2013年6月15日(6月前半)

e0102806_16224813.jpg


6月中旬、本格的に梅雨の季節に突入したようです。
ジメジメとした湿気が体に纏わりつくように動きを鈍くし、
ボディーブローのように疲労を蓄積します。
植物達と同じように、準備の期間なのでしょう。
間違いなく「動く」季節ではないように思います。
そんな中僕は、モヤモヤと気が滞り、
「どうしたらいいのか?」
と常に自分に問うています。
そんなモヤモヤを今回は書き綴りました。
6月前半の更新です。



e0102806_1623484.jpg




ファミモニ



僕はおそらくこのブログでも何度も記しているように、
ペースというものを非常に重要視しています。
安定したパフォーマンスを常に引き出せるペース作りです。
今日はそのペースを作るにあたって重要なパートとなっている僕の習慣を紹介します。
それは題に記した、

「ファミモニ」

何かというと「ファミレスモーニング」です。
朝マックというキャッチ-なコピーに対抗して「ファミモニ」と名付けたのですが、
果たして市民権は得られるのでしょうか?笑
決して、「ファミチキ」から引っ張られたわけではないので。
そんな話はともかく、
僕が自分のペースを維持するにあたってこの「ファミモニ」はとても重要な役割を果たしています。

やはり、自分の活動拠点が「家」であると支障をきたすことが多いのです。
「割り切れない」という問題から逃れられません。
僕はそんなに強い人間ではないので、
リラックスし、衣食住を熟し、集中する。
そんなことをたかだか1DKの部屋の中で、自分の内側で上手に切り替えることはできません。
さっきまでそこで寝てて、次の瞬間にはとてつもない集中力を要する仕事に移れるわけがないのです。
少なくとも僕にはできません。
だから、僕は外にでます。
行先はファミリーレストランかカフェ。
目的は「ファミモニ」です。
人も少なく、静かで、
ある程度の人目もあるので、自分よがりな行動は慎まなければならないからこそ、
仕事に立ち向かえるのです。
まあでも、そんなカッコいいものではなくて、
やらなければならない状況に自分を追い込む手段の一つです。
僕は弱いですから。
お金を出してでも、自分をコントロールしなければ、
事が前に進まないのです。
周囲の友達には結構進めたりしています。
ファミモニ。
やったことが無い方は是非一度どうぞ。
朝早く行けば行くほど、
一日が豊かになります。



e0102806_16234278.jpg




僕はまだまだ進みたい



えも言えぬ停滞感に襲われることがある。
今がちょうどその時期で、やるべきことの多さと自分の低空飛行の気持とのギャップに困惑するほどだ。
なぜこんなにも気持ちが乗っかっていかないのか…
こういう時には、ある程度ジタバタした後、1人で冷静になってその気持ちを分析するのが最も良い解決策だと思う。
5月末辺りから、徐々に気持ちが落ちていく自分がわかっていたけれど、
そういうネガティブな自分を騙し騙しやり過ごしてきたから、
このままいったらどうなるとか、どうしたらいい方向に向かうのかとか、
陰と陽の両方からの自分へのアプローチが欠けていたように思う。
だから、今はそのツケが回ってきて停滞感に支配されている。
楽しそうなことが周りに沢山あるのに、自尊心を人質に取られて動かされているだけの様で、
周囲の人にも価値の残るようなワクワクする表現が出来ていない。
誰かのせいにする気はないけど、
少なからずこの季節が僕にもたらす影響力は小さくないように思う。
「心地が悪い。」
4月や5月の清々しい気候からの転換期。
変化はある程度「苦」を含むことも影響しているのか。
「苦」はネガティブな発想を生みやすい。
自分以外の他に対する絶望感にしばしば苛まれることがある。
それがあまりに高慢な発想だと、すぐに我を取り戻すわけだけれど、
そういうネガティブからニュートラルへの復旧作業に終始してしまうのが、
変化の時期の辛いところか。

e0102806_16241453.jpg


こういう時、
こうやって一通り分析を終えたら、自分への投資を惜しみもなく行うことが重要かもしれない。
内側が動かなければ、外側を動かす。
外側を動かしたら、冷静に内側をみる。
そうやって自分をしっかりと世の中と交信させて、
自分や周囲にとって正しい方向性を見出さなければならない。
自分が今何をやっていて、
その行動が何に結びつくのか。
その明確な答えは存在しないけれど、
大きな方向性と結びつけて、

あくまで「正しい」。

と自分に言い聞かせる。
絵を描くときの心持ちを常に忘れないようにしたい。
自分を手放して、世界に対して従順になる。
そうすれば世界の方が正しい方向へと導いてくれる。
これは甘えではなくて、
自分が繋がりの中で生きていることを再確認することで、
見えてくる方向性だということ。
自分に行き詰ったら、
自分が息苦しくなったら、

自分を手放す。

まずはそこからそうしたら、
良い方向へ歩き出す手段を掴む。
それに関しては、おそらくもう嫌というほど身につけてきているし、
今でも毎日のように模索しているはずだから、
信じる。
「自」分ならできると「信」じる。
「自信」を持つということは、先へ進むという意志を核にするということ。

僕はまだまだ進みたい。



6月前半はこんなところで。
停滞していた6月前半。
後半は精神的な飛躍を遂げて、
梅雨明けの動きに備える準備を整えたいと思います。
いよいよ見えてきた発展的なあれこれ。
世の中や自分を取り巻く環境の変化の中を、
軽快に、清々しく走っていこうと思います。
それではまた6月後半に。

ではでは
by keita-net6086 | 2013-06-15 16:24

2013年4月18日(4月前半)

e0102806_10424074.jpg


ジャケット一枚で外を気持ちよく歩ける季節がやってきました。
僕自身、その気候の変化によって表情を変える街や自然の風景に対するセンサーが以前よりもずっと強くなっていて、
最近では、律儀に気になった植物や鳥の名前を調べたりもします。
精神的には、どうすれば自分自身が安定した状態を維持できるか常に模索しているので、
自然に安定できてしまっているというか、
そういう状態に自分を持っていくのが上手くなっている感覚があります。
安定したパフォーマンスを強く意識しているのでしょう。
でも、これは良いようで良くない面もありますね。
精神不安定になるくらいのドラマを起こさなければ次のステップへは進めませんからね。
その辺りも、一応理解してはいるのです。
でも、これから暖かくなるにつれて、
そのドラマが起きそうな予感はいくつもあります。
今はそれが楽しみで仕方ないです。
そんな自分への期待を込めたこの時期、4月前半の更新です。



e0102806_10432291.jpg


e0102806_10433530.jpg


e0102806_10434835.jpg


e0102806_1044319.jpg


e0102806_10441719.jpg





ドラマの予感 その1 須藤農園




昨年の12月、友人の俊介君(ピエロの筆羅久井ハナの旦那さん)に紹介してもらって以降、
須藤農園を営む須藤さんとは、親しく、いや本当に親しくお付き合いさせてもらっています。
まだ、たった4ヶ月程度のお付き合いにもかかわらず、須藤さんは僕みたいな若造と対等に接してくださって、
須藤さんからの信頼も感じることが出来ているので、とても嬉しく思っているのです。
もちろん、信頼されている以上、僕は責任を持って働かなければなりません。
そう須藤さんは、教師を目指すにあたって、一度は農業、つまり生産の部分でしっかりと勉強しなければならないと考えていた僕に、
快くそのステージを与えてくれた人なのです。

先日須藤農園で催された「羊を食べる会」は27年間生きてきた僕にとって、1つの大きなドラマでした。
まだまだそれを整理するには至ってないけれど、「現実」を知ったという感覚を覚えました。
あの場所で起こったこと全てがシンプルで、たぶん僕たちは人が人のために作った不自然さにだいぶ飼いならされているのだと思います。
本気で食の世界に首を突っ込むと、行き着く先にあるのは、僕たちの生きることの底辺を支える、菌や微生物の話になってくるから、
そこのところをもっともっと勉強しなければならないのだと強く感じます。
まだ温かい、脳、心臓、肝臓をいただきました。
本当に、これほど命を食べたという感覚を味わったことはありません。
南米では、ちゃんと天国に行けるように、命を絶つ前後に葉巻を吸わせるそうです。
その画をみて、僕はまだまだ甘ちゃんの甘ちゃんでしかないと、本当に本当に思いました。
僕にはもっともっと多くのドラマが必要で、
この場所でこれから起こるドラマや経験のすべてが、
教師を目指す僕にとって貴重で、尊いものとなるでしょう。
生産、出荷、加工、商品開発等、
しっかり勉強させてもらおうと思います。




e0102806_10444590.jpg


e0102806_1045538.jpg


e0102806_10451747.jpg


e0102806_10453274.jpg





ドラマの予感 その2 制作




これから増々忙しくなりそうですが、7月締め切りの大きなコンペへ向けて、
50号の絵を1枚仕上げようと考えています。
その制作開始の先陣を切って、絵のロケハンに行ってきました。
モデルさんは何とか確保できそうで、
後は撮影当日の天気がいいことを願うのみ。
できるかできないか。
そういうハラハラの上に自分を乗っけて、
様々なドラマを受け入れようと思います。
また、キャンバスと絵の具の匂いに支配された生活の日々がやってきます。
楽しみです。




e0102806_1045566.jpg





環境になる



自分自身がいい環境になれば、自然と周囲が豊かになって、その豊かさを自分自身も享受できる。
それがいい循環を生むことが最近よくわかってきて、そのサイクルは螺旋階段のように徐々に徐々に僕自身を上へ押し上げていく。
いい環境になるって、具体的に言えば人に価値のあることを施せたり、与えることができるということで、
決して自分の価値観に人を当て込んで、人や人の価値観を取捨選択したりすることではないと思っている。
僕は自分がいい環境になれるよう徹底的に勉強を続けるだけなんだと思う。
本当に教師になりたくて、
というか10年前からその道の上にのっかていて、
全ての行動が教師になるための勉強という位置づけになることで、
僕は本当に多くのことを学ぶことが出来ているし、
思考もずっと柔軟にできるようになってきた。
きっとこれは教師に就いてからも何も変わらなくて、
僕は環境として勉強を続けることで、
子どもたちが一生かけて勉強し続ける価値観に寄り添えるようになってもらいたい。
世の中が本当に広いこと、
それを学び続けることをやめた時、きっと責任や自分の充実感さえ放棄して、
良い循環にストップをかける。
子どもたちが人生の早い段階で、
螺旋階段を楽だからと言って下り始めてしまわないよう、
僕はしっかり良い環境になろうと思う。









4月前半はこんなところで失礼します。
これから本当に色々なことが起きていきそうな予感で、
この一年がちゃんと豊かに彩られるよう、
動き続けるしかないですね。
その為に、まだ部屋も頭も整理し切れていないので、
今月中には色々と整えたいと思います。
次の更新では、
そんなところを少しかけたらいいなと思います。
それではまた4月後半に。
ではでは
by keita-net6086 | 2013-04-18 10:46

2013年3月21日(3月前半)

e0102806_15322532.jpg


すっかり最近は暖かくなりました。
夜でも上着はいらない程の日もあるくらいですね。
でもまだまだ油断はできなくて、朝方は結構寒かったりします。
「こんなにも快適なものか」と、いつも春の訪れには驚かせられます。
そんな中、僕は大学を卒業しました。
達成感というよりは、充実感という感じで、
とてもいい経験をしたと、これからの自分へのプレゼントとして卒業証書を贈る気分です。
まだまだ僕は何も達成してませんからね。
これからです。
卒業式で京都に行くなど、更新が遅れてしまいました。
3月前半の更新です。



e0102806_15413131.jpg


e0102806_15423760.jpg




シンプル



最近お世話になっている須藤農園を営む須藤さんに会いに行ってきました。
丁寧に畑仕事を行う須藤さんにはいつも大切なことを教えていただきます。
それは何も言葉だけでなく、その姿勢からも学びが多いのです。
しかし、僕が今回もっとも印象に残っているのは何気ない須藤さんの一言でした。

(出荷する野菜を洗いながら)
「野菜なんて、良く洗って出荷して、良く洗って食べてもらえれば薬なんて使う必要がない。」
(飼っている羊に餌を与えながら)
「元気に育って、美味しくいただきましょう。」

人の間の問題だけを考えて生きていたら、須藤さんのこの言葉に感情的な反発心を抱くかもしれません。
僕は最近、人の間の問題だけで考えていては絶対にあらゆる問題は解決しないと考えていたので、
須藤さんのこの言葉を聞いたとき、とてもシンプルだと感じました。
僕たちはとても捉えきれない、複雑環境の中で生きて生かされているけれど、
それは難しいことではなくて、
実はとてもシンプルなものだと思うのです。
良く食べて、良く生きればいい。
僕はそのような考えに、とても親しみを持てるようになってきました。
難しい問題は人間社会には沢山存在します。
でもしかし、よく食べてよく生きればいいと思うのです。
そこから離れれば離れるほど、
おそらく自分で自分の首を絞め、
責任を放棄していくのだと思います。

シンプル イズ ベスト

何度この言葉を使ったでしょう。
それでもなお、最高の言葉です。



e0102806_15573216.jpg


e0102806_1558565.jpg


e0102806_15582368.jpg


e0102806_1559647.jpg


e0102806_15593488.jpg


e0102806_15595857.jpg


e0102806_1601818.jpg


e0102806_1604226.jpg


e0102806_161980.jpg


e0102806_1613534.jpg


e0102806_1615646.jpg


e0102806_162995.jpg




on bike



卒業式が終わり、地元の茨城県取手市と今現在僕が住む東京という街を自転車で走りまくりました。
車では速すぎる。
徒歩では遅すぎる。
自転車はとても心地いいスピードで、世の中を走ってくれます。
多くのものを見せてくれて、多くのものを発見し、
多くのことを教えてくれます。
僕は多分、ずっと自転車という乗り物に乗り続けるのだと思います。





3月前半はこんなところで。
精神的に落ち着いているのですが、
何故か気持ちや、計画の整理が進みません。
でも今までそういう自分と何度もぶつかってきたので、
焦らずに、
地に足をつけて進んでいこうと思います。
それではまた、3月後半に。
ではでは
by keita-net6086 | 2013-03-21 16:10

2013年2月6日(1月後半)

e0102806_17521196.jpg


e0102806_17515874.jpg


e0102806_17515010.jpg


e0102806_17513774.jpg


e0102806_17512964.jpg



更新が遅くなってしまいました。
書きたいことが沢山あるはずなんですが、
今僕が持っている時間のすべてを、
絵を描くためだけに使いたいので、
これだけしかできません。

あと少しです。
終わったらちゃんと書きます。
ではでは
by keita-net6086 | 2013-02-06 17:55

2012年9月29日(9月後半)

e0102806_16553280.jpg


天候が安定しない日々が続きますね。
僕の周りには体調がすぐれない人がちらほら。
季節の変わり目だからこそ、体の管理には十分に気を配りたいものです。
僕は体調の部分では、申し訳ないくらい問題なく過ごしていますが、
あまり調子に乗っていると痛い目に合いそうな気がするので、
気を引き締めて、食事と睡眠には十分気を使っていきたいと思います。
お酒を程よく飲むといいです。
これが僕の最近の健康法ですね。
9月後半の更新です。


e0102806_16561574.jpg



止まったら、やられる



やること、やらなきゃいけないことが沢山ありすぎて、
気を抜いたら一気に崩れ去ってしまいそうです。
この危機感は、なかなかスリルがあって、いや本当に危ないんだけど、
「俺ならできる」
という根拠のない自信だけを信じて、前に進むしかないのです。
こういうスリルを乗り越えた時の解放感はたまりません。
それをめざして、
もっと成長できると信じて、やるしかないのです。
こんなことを書き綴っている時点で、
僕焦ってますよね。
焦った心をなだめるように、キーボードをたたきます。
伝わってください。
僕の焦り。
感じてください。
僕の焦り。笑



e0102806_16565317.jpg




理解できなことが嫌いな性質(タチ)



僕は納得できないこと、理解できなことが嫌いなんです。
それと同時に理解してもらえないこと、納得してもらえないことも嫌いなんです。
だから、めちゃくちゃ理屈っぽくことを並べたてる。
このブログを定期的に見てくれている人には、十二分に理解してもらえると思うのですが。笑
「このフワフワ感、どっちでもいい感がいいよね~」
なんてほとんど思いません。
フワフワしたものすら、その良さを理解したくなってしまうのです。
そういう性質(タチ)なんです。
だから、なんか「うまいこと話すよね~」
なんて講釈師みたいな言い方される時があるんだけど、
そう言わないと、僕自身納得できないんです。
もう少し、色々な経験をして、大人になって、
調和するような話し方ができるようになったら、
いいですね。
僕。
今回は、軽いタッチでブログを綴っているのはそういうことです。笑



e0102806_16571240.jpg




これから



いよいよあと半年で大学を卒業することになるが、
引っ越し、個展なども同時期に控えているため、
年末年始も慌ただしいものになりそうです。
来年以降の生き方のベースとなる家探し、徐々に考えていかなければなりません。
とりあえず、「広い!安い!」を基本姿勢に三鷹よりも西の方で基地探し。
今の家に負けないくらい好きになれる家を見つけたいです。
今の家には色々な思い出が詰まっています。
広くはないけど、本当に心地いい空間でした。
これ以下を選択することはしません。
徐々に徐々に、良くしていかないと。
お金を出すだけではなく、自分の力もちゃんと使って、心地いい空間をつくります。
それができたら、その空間をベースにきっと充実した前向きな毎日を送れると思うので。
やることは色々あるけれど、
常にワクワクを以て、
頑張っていきます!
さあ、頑張ろう!




9月は後半は、軽いタッチで仕上てみました。笑
だから、軽いタッチで終わろうと思います。
それではまた、10月中旬に。
ではでは
by keita-net6086 | 2012-09-29 16:58

2012年9月19日(9月前半)

e0102806_12155142.jpg


季節の変わり目を訴えてくるように、荒々しい天候の毎日ですね。
気温の変化が著しいために、体調管理には気をつけたいものです。
そんな折に、僕はやるべきことを淡々とこなす毎日で、
一日一日を、計画通り丁寧に過ごすよう心がけています。
計画通りいくことなんて滅多にないんですけどね。
まあ計画なんて「やるぞ!」っていう姿勢を自分に植え付ける行為でしかないので、そんなものか。
でも油断は禁物ですね。
しっかりやっていこうと思います。
撮影の関係で実家に帰ったりして数日遅れましたが、9月前半の更新です。



e0102806_12243019.jpg




小さな大事件




まだ僕が小学校に通っていた頃、隣の家の人がアヒルを買っていた。
そのアヒルは僕の帰ってくる夕方くらいになると、何故か放し飼いにされていて、僕の家の周りをうろつくんだ。
そのアヒルはとても獰猛で、僕の姿を見るや全力で僕の方へ向かってくる。
それが怖くて怖くて、アヒルがよそ見している時や、いない隙をついて家の中に駆け込む毎日だった。
小学生のころの僕にとって、こんな小さい出来事が一日の内の大事件だったんだ。

僕は子どものころに戻りたいなんて、ちっとも思わない。
あの頃はよかったなんて全然思わない。
あの頃の経験を持った、今の自分の方がずっと好きだから。
でも、あの頃はあの頃でとてもいい時間を過ごしていた。
身長に伴って視点がもの凄く低かったから、自然と小さな部分に目が向き、小さな世界に興味を抱いていた。
だから、今よりずっと「自然」で「丁寧」な視点を持っていたと思う。
世界が豊かで、自分がその一部であることを体でわかっていた気がする。
大人になった僕は、「自然」という部分では絶対にあの頃に及ばない。
だからこそ、あの頃より勝る「丁寧」さを大事にしようと思う。
小さな問題を一つひとつ大事に、「丁寧に」扱っていかなきゃいけないということなんだ。

「今日、お客さんに出したパスタはちょっと茹ですぎたかもしれない」、
「コーヒーの豆を買いわすれた」、
「すごい空なのにカメラを忘れてしまった」、

誰にも気づかれないような、僕にとっての小さな問題。
誰にも気づかれないからって、どうでもいいものにしちゃいけない気がしてる。
そんな小さな大事件を、僕は丁寧に大切に扱っていかなければいけないんだ。
そうしないと、
絵でも、教師としても、いい表現なんて出来やしないだろう。




e0102806_122504.jpg






あと半年で本当のスタート?

ぼくはあと半年で2つ目の大学を卒業する。
2つも大学に通っていると、当然前の大学と今の大学における「自分」を比べてみてしまうわけで、
それぞれに良かった点、悪かった点なんかを分析したりなんかする。

前の大学での僕は、とにかくもがいていた印象しかない。
何に対しても自信がなく、
何を成すにも知識が足りなかった。
そんな漠然とした不安を振り払うように、無謀な旅に出たり、知らない世界に飛び込んでいった。
とにかくガムシャラにもがいていた。
わからないことばかりで、それが故に自分勝手な振る舞いが多かったから沢山の失敗をしたし、沢山の人に迷惑をかけた。
でも、今となってはそれらが全てとてもいい経験で、その経験値は今の僕の力になっている。
色々下手くそだったけど、よかった。
前の大学での時間を総括すると、そんなところだ。

周りのみんなが就職し、一般的に「社会」と言われるものに飛び込んでいく中、
ぼくは再び学生となる決心をした。
それにはもちろん、一筋縄ではいかない色々な問題がついてくるわけだけれど、
今ではそれらの問題は、すべて僕の背中を押してくれていると感じられている。
2つ目の大学、つまり京都造形大学に入ってよかったことは、
絵が上達したことでも、美術科教員免許が取れることでもない。
『生涯勉強し続ける』という意識が芽生えたことだ。
この意識が芽生えたとき、僕の視界が一気にひらけ、明るくなっったことを覚えている。
寂しさや不安が払拭され、ワクワクしている気持ちだけがそこにはあった。
この先の人生がとても長く、楽しみで仕方なくなった。
e0102806_12253183.jpg

最近本当にわかってきた。
大切なのは姿勢なんだって。
技術とか知識って、確かに大事なんだけど、それは絶対に1番じゃない。
というか、1番にしてはいけないって感じかな。
自分の行動を決める1番大事な判断基準は、
絶対に気持ちであって、それを反映した姿勢なんだ。

一般的な社会的観点からすれば、僕はみんなより少しスタートが遅れている。
でもこれは、僕自身が選んだ道で、後悔も劣等感もまるでない。
僕にはこの道が必要だったんだ。
納得できないことはやりたくない。
誰かに価値観を押し付けられて働くなんて御免なんだ。
だから、こうするしかないんだよね。
僕は僕。
さ、やりますか。




9月前半はこんなところで。
9月後半も10月頭も少しバタバタして、11月にはさらにバタバタ。
もう笑うしかないですね。
何かを取りこぼさないように丁寧にやっていきます。
それでは9月後半に、また。
by keita-net6086 | 2012-09-19 12:28

2012年8月31日(8月後半)

e0102806_1612250.jpg



残暑。
実はこれが一年で一番暑い。
7月、8月と灼熱の太陽で地表や海面がどんどん暖められて、9月にピークを迎える暑さ。
あと一ヶ月もすれば徐々に気温も下がっていくのでしょう。
暑いのもあと一ヶ月と思えば、この一ヶ月はなかなか無駄にはできない。
9月もしっかり計画を立てて、ことを前に進めなければ。
最近は、PCがウイルスにかかって学校の課題等の予定がずれ込んだりしたけれど、
やるべきことは明確で、精神的にも安定した日々を過ごしています。
PCも戻ってきたので、いよいよここからペースを上げていきます。
8月後半の更新です。



e0102806_1621578.jpg




おこがましい自分



僕は文字を書くのが好きなんだけれど、こんなに愛情を注げるようになったのはつい最近のこと。
たぶんこのブログや、ピエロの筆のHPで沢山文章を書いてきた影響だと思う。
それに伴って、自分の中で妙な現象が起き始めている。

ふと、昔読んだ本を手にとってパラパラと読み返していると、
かつて、その文面から何かを吸収しようと必死になって文字を追いかけていた自分はもうそこにはいなくて、
今は、その文字をチェックしている自分がいる。
「ここはもう少しドライな表現のほうがいいんじゃないか?」
なんて。
そう思った瞬間、自分自身に対して、なんて調子乗った野郎だ!
と思ったりもする。
でもこれはきっと悪いことではなくて、僕自身が文章で表現することに対して、
ある程度の自信やプライドを持てるようになった証拠なのかもしれない。
もしくは、ちゃんと「表現」というものと向き合えるようになったってことかもしれない。
どう表現したら、より共感性を持たせることができるのか。
どう表現したら、より深く入っていくのか。
表現と向き合う。
そのことの上に僕自身立っているから、表現方法に対して口うるさくなってきているのかな。
自分の立場はわきまえているつもりだ。
それでも尚、表現者としてのプライドを保っていたい。
「ほどほどにね。」
そう自分に言い聞かせ、あの頃の自分との距離を確認する。
少しは成長できたかな。



e0102806_163232.jpg


e0102806_163337.jpg


e0102806_1635998.jpg


e0102806_1642541.jpg


e0102806_165499.jpg


e0102806_1645520.jpg




上野原



思い出に残る町。
そんな町がいくつかある。
それを分析することは、町を分析しているようで、結局は自分を分析しているに過ぎない。
上野原という町は、自動車の免許合宿を行った町。
ピエロの筆で、ひかり祭りの時にホテルに宿泊した町。
僕にとってはただそれだけの町だけど、山の高低差を生かした町づくりは、
僕の興味を引き付けるもので溢れていた。



e0102806_1664121.jpg




教育の柱



僕は教員を目指す立場にあって、教育に関するさまざまな文献を手にしている。
ナカニシヤ出版から出されている「教育学の基礎と展開」(相沢伸幸2007)の中に「教育の柱」という記述があった。
それは「徳育」「知育」「体育」に近年では「食育」も加わり、この4つが教育の柱と言われることがあるそうだ。
この教育の4つの柱について、これまで僕自身強く意識することはなかった。
しかし、思わぬところで自分の大事にしていること、漠然と大切にしてきていたことと、
教育の柱の一つ一つがリンクしていることに、この本を手にした時に気がついたのだ。

徳育
人の間で生きることで、人を学ぶということ。
教育を志す僕が、人に対して無上興味や好奇心があることは言うまでもない。

知育
「学び続けること」。
これは僕の生きる姿勢。
体を動かすことも、文献を読んで頭を動かすことも、その姿勢に貫かれる。
レイチェル・カーソンは「知ることは、感じることの半分も重要ではない。」と言った。
僕もそう思う。
しかし、感じた上での知は、圧倒的な価値観を持って自分の中に存在することを、僕は知っている。

体育
小学校1年生から、大学生まで、サッカーしかやってこなかった僕にとって、
体を使うことは心や脳を整えることにさえ、貢献してしまう。
自分の体を使うこと。
自分のこの形を知って、その形を持ってこの世界を知る。

食育
これは、ここ数年僕が重要視しているテーマで、未だ勉強中でわからないことばかりだ。
ただ、少しずつわかってきていることは、心を生かす食事をすることが大切と言うこと。
あまりにも多様な食べ物が身近に存在する今は、良し悪しは決められない。
重要なことは、少しずつ、食べることによって心が生かされる感覚を積み重ねていくことだ。

これらの教育の柱が、何のために存在するのか。
僕がその問いに答えるならば、「魂を育てるため」としか言いようがない。
頭を育てることでも、体を育てることでもない。
地球に生れ落ちた僕たちの魂が、この体を借りて育てられるということなんじゃないだろうか。
魂、心、それらを育てなければ、
いつまでたっても同じことを繰り返すだけの、世の中になるんだと思う。

精神的、宗教くさい話ばかりで嫌ですね。
やめます。笑



e0102806_1671915.jpg




17歳、23歳、27歳



「17歳と23歳で、人はアイデンティティーを確かめる。」
という話を聞いたことがあって、
僕自身明確な理由なく、漠然と経験的にこの言葉に納得してしまっている。
ただし、ひとつ我がままを言うなれば、ぼくはここに27歳を付け加えたいと思う。
僕自身、17歳と23歳で大きな決断をしてきた経緯がある。
そして、27歳を迎えた僕は、この1年でまた大きな決断をしなくてはならないだろう。
それは、消極的なものではない。
自分の人生を前に進めるための積極的な決断だ。
今の大学に入って4年目、いよいよ卒業を迎える。
27歳で学生生活を終える。
これから、何の肩書きも持たない渡辺圭太を作っていかなければならない。
僕は何がしたいのか。
僕は何ができるのか。
もっと奥へ。
もっと奥へ。
17歳の決断から10年が経った。
この10年に自信を持って向き合うために、27歳の1年間があると思う。
「何やってんだ!」と17歳の僕に言われないような1年を、
もうとにかく歩くしかないんだと思う。
これからもずっともがき続けなきゃならない。
26歳はやった分だけ成果が出た1年だった。
27歳はもっと素晴らしい一年に。
早一ヶ月が経とうとしています。





九月前半はやることてんこ盛り。
そんな中で、何を綴れるのか自分でも楽しみです。
それではまた、9月中旬に。
ではでは
by keita-net6086 | 2012-08-31 16:08