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みどりの逆襲

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おそわれた

おそわれた

ぼくらはみどりにおそわれた




2009.10.17(sat) 11:00~
「みどりの逆襲(仮)in Cafe Noanoa」 presented by ピエロの筆
ピエロの筆とカフェ・ノアノアによる一日限定カフェ

※詳細はまた後日告知いたします。
by keita-net6086 | 2009-08-31 12:59

うわっ、やばい!!!

と思うことが結構ある。
何がやばいのかは正直よくわからないのだが。
何かとりあえずやばいのだ。

今日友人と話をしていて「やばい!」と感じてしまった。
その「やばい」は乗っかっとかなきゃならん線の上から外れてしまうような「やばい」だったと思う。
今は落ち着いているのだが、落ち着いていて良いものかも疑問だ。

「やばい」は俺の奥底から出てくる、又はお上様がひょいっと俺の頭に落っことしてくれる警告なのか。
よくわからないけれど、最近「やばい」が結構溜まってきている気がする。

一つ一つはよくわからないけれど、溜まってきてしまったら問題ありでしょう。
何をすれば良いかは明確でないから、「基本的に」一歩前進しなければならないと感じている。
何か自分が頑なに抱えていたものを壊してみるとか。
そういうのって大きな出来事に見えて、周りからしたら大した出来事ではなかったりするから。
まあ珍しく漠然とした話をツラツラと書き綴っている気がするが。


知らないことを知ったとき、驚きとか喜びとかって当然だけど、
知ってしまうことの怖さってもんもあるってことを最近改めて感じた。
知らぬが仏って言うけどさ。
いやーそれは知りたくなかった!きゃーって。

でもマットのようになりたいなって思う。
あの小学校の体育館にあるでっかいふかふかマットみたいに。
どんな体勢で飛び込んでも、「ぼふぉぅわぁ」と受け止めてくれるマットのような精神。

「きゃー」
「ぼふぉぅわぁ、大丈夫だよ。さあ立ち上がりなさい。」

こんな精神。そんな人間。
「やばい」がきても「ぼふぉぅわぁ」っと受け止める。
大きく、大きく、柔らかく。

いやー無理だな。
まだ前転とかする時に使うせんべいマットだな。
早く「ぼふぉぅわぁ」とできるようになりたいものだ。

と言いたいだけなのに、ここまできてしまった。
長い時間がかかるだろうが、昔の自分を思い返すと、
少しずつ柔らかいマットには成れてるのかなって思う。
まあ、いつも言うけどそれは他人が判断することだな。

自分で正解を決めることはできなくて、いつでもどこでも結果として出るだけなのだろう。
その結果を「ぼふぉぅわぁ」と受け止めなければ。
今後の人生、前に進みませんね。

明日は僕の好きな水曜日です。
by keita-net6086 | 2009-08-18 22:36

大人と子ども

最近すんごく思っている。
少し前まではいつかはみんな大人になるのだろうと信じていたけれど、
それは確実に間違っているのだろう、と。

大人とか、社会人とかの定義なんてわからんし、曖昧だと思う。
誰に説明されても納得なんてできそうにない気がする。
そんな言葉をえらそうに使っている人間もあまり好きではないし。
そんなよくわからん定義は「要は自分次第ジャン!」って思ってたし。
だから、オレは学生のときから社会人だという自覚は持っていたつもりだし。
就職したら大人、社会人なんて絶対嘘だし。
そんなんだったら就職=大人、社会人になっちゃうし。
一般的に「社会人」といわれていても、子どもみたいな人沢山見てきたし。

だから、僕は「大人」「社会人」という言葉が嫌い。



でも一方で、「大人」「社会人」はいると思っている。
てかそう感じる人は何人もいる。
定義なんてそっちのけで。
矛盾してるかもしれないけれど、俺はそういう人が好きだし尊敬もする。


高校生にも、中学生にも、小学生にも「大人」はいるし、
じじい、ばば・・・おじいさん、おばあさんにも「子ども」はいる。


結局、年齢なんか関係なく、「大人になれる素質があるかどうかの問題」、
なのではないかとつくづく感じるの今日この頃なのであります。

そういう僕は「大人になれる素質」があるのかどうか・・・
あればいいなとは思うけれでも、それを判断するのは僕ではなくて周りの人たちなので、
できるだけ謙虚に、ヨイショして生きていこうと思いました。
嘘です。
そういう問題ではないのですね、はい。

ではさようなら
by keita-net6086 | 2009-08-02 22:28