便座が自動である必要性

ある日、僕は尿意をもよおしトイレへ駆け込んだ
そのトイレはとても清潔感があり、便器自体もウォシュレット完備のとても新し
いものに感じた
僕が便器の前に立って用を足そうと便座へ手を掛けようとしたその瞬間、僕が便
座に触れるよりも先に便座は自らその大きな口をあけてみせた
「さぁ、いつでもどうぞ」
と言うがのごとく
その気を感じるまでもなく堂々と用を足した僕であるが、間もなく用が足しおわ
るというその時、僕は何気なくボタン式の水洗かレバー式のそれなのかをチェッ
クしようとした
感の悪い人でももうお気付きだろう
その瞬間だった、便器は自らその汚水の溜まった口内を綺麗さっぱり洗い流した
さらに、僕の微妙なアクションにまで反応し二度目の洗浄を行なった
「いくらなんでもそこまで汚くないぜ便器君」
そんな思いを抱え見下ろす僕の目に映った便器君のその顔はこう言わんとするば
かりのものであった
「僕がすべて処理しておいたよ。さぁ、あと君のすることは手を洗うことだけだ
。気持ち良くシャバへでていってくれ。」
自ら静かに口を閉じた便器君は、とても清潔感のある爽やかな顔をしていた

僕はそのトイレをでた瞬間呆然と立ち尽くした
技術の進歩への驚きと、製作者の満足感と、僕の人間としての失望感でいっぱい
だった
何もしていない
いや何もさせてもらえなかった
喜んでいいのか悲しんでいいのかもわからない
とても不思議な感覚だったんだ
何もかもが自動になり
とても便利な社会になってきた
障害者やお年寄りにとってはそれは喜ばしいことであるかもしれない
弱者に優しい社会と謳われるかもしれない
コンビニ、携帯、インターネット、自動のトイレ、動く歩道、シルバーシート…
進歩を前にして立ち止まるはバカだと言うかもしれない
だけどさ
それがなきゃ生きていけないのかな
というよりする必要があるのかな
そんなことを厭と言うほど多々感じてしまうんだ
その先に素敵な社会は待っているのかなって
もっと他にやるべきことはあるんじゃないかなって


僕は「Simple is best」という言葉を謳い続けたい
利便性や効率がすべてじゃないのではないかと思う


夏の暑い日も、冬の寒い日もウチの愛犬ロンは外で生活しつづけて16年が経ちま
した
今も毎朝玄関をあけると元気な顔を見せてくれています

戯言でした
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by keita-net6086 | 2007-12-06 21:48