2013年5月3日(4月後半)

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緑が増々色濃く、艶を纏ってきて、
植物たちも梅雨を迎える準備を整え、
その先にしっかりと夏を見据えています。
僕自身もこの5月から、少し「生活」に変化がありそうです。
仕事をする体制に増々自由度が増し、
勉強することと、表現すること、堪能することのバランスを、
しっかり自分で取っていかなければなりません。
自分の生活に、ちゃんと自分で責任を取る。
僕にとってこれ以上の充実感はありません。
オンとオフの切り替えをしっかりと意識して、
これから迎える夏を見据えて、
僕も人間的な艶を纏っていけるよう、
楽しく、真剣に、柔軟に生きていこうと思います。
月を跨ぎましたが、4月後半の更新です。



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時間が無くても



時間が無くても、無理してでも、
表現し続けなければ、自分のやっていることが正しいかどうかも判断がつかない。
そう、正しいかどうか、
それは自分で決められることではないから、
ちゃんと丁寧に表現して、
それを受け取った人たちの応えをみて、
その表現がいい循環を生んだのか、その逆だったのか、
それともそんな問題以前の取るに足らないものだったのか。
そこのところを、
しっかり見極めなくてはいけない。
自分が気持ち良ければいいとか、
何とかなるとか、
そうやって奔放に生きていける人はいいけれど、
僕はきっとそれではうまくやっていけなくて。
丁寧にやることが、
僕の性質に合っていて、
それが僕を生かして、
周りもきっとそれを認めてくれる。
最近その成果がはっきりとわかってきて、
時間をかけて積み重ねてきた甲斐があったなと、
少し自分を褒めてあげたくなる時がある。
でも、まだまだ僕なんて取るに足らない存在だから、
もっともっと勉強して、
客観性を自分に積み重ねて、
柔らかくならなくちゃならない。
ただし、ここぞという時に一点集中型のフルパワーを出す覚悟は常に必要で、
それは、誰にもわからないように、
奥の奥にしまっておいて、
いざという時にだけ使う。
常に出す気満々だと、
昔みたいに、周りをぐちゃぐちゃにするだけだし。
そういう無神経なやり方は、自分も何も生かさない。
こうやってここに、細々と書いて、
自分が何を思ってるのか、
自分の書いた文字を自分の客観性が追いかける。
何だかツラツラと書き綴って、グルグルしてきたのでやめます。笑




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僕のやり方




人の意見や価値観が様々であることは、僕自身しっかりと認識して受け入れなければ、
僕自身がとても貧弱な人間にしかならないだろう。
そのことをもう十二分にわかっているから、
どんな人の言葉や行動も、理解する姿勢は常に持っていたい。
しかし、その言葉や僕に対する意見を、
自分の表現に取り入れるかどうかは、
よく判断しなければならない。
2012年の6月に高校の教育実習に行った時、
先生方が自由を与えてくれたので、僕は僕のやり方で授業を丁寧に進めることで、
上手く生徒との関係を築くことができた。
しかし、後の授業で指導教官の先生方からいただいたアドバイスを取り入れ、
やり方というか、姿勢を変えたとたんに、
生徒の意識は授業から離れ、失敗した。
先生方のアドバイスが悪かったというのではない。
そのやり方を、僕がやるべきではなかったということだ。

僕は教師を目指し始めてもう10年になる。
社会的な「免許」は取っていても、まだ僕の中での「教員免許」は取れていない。
納得できていないのだ。
そうやって、自分自身で経験を積み重ねて、
それらを分析し、
よく考えるという行為を積み重ねていると自負しているから、
もっともっと自分を信じてみよう。
自分の直感や判断を信じてみよう。
ただし、
毛穴はいつも開いて吸収率は常に高く、
僕は僕にしかできないことを、
良い循環を生むことをやるべきだ。




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こだわりの欠如




何だか同じようなことを何度も書いてしまいます。
たぶん、僕にとって今は転換期で、
自分に対する戒めと、
これから歩いていく道に対する確認作業を、
自分でも無意識のうちに何度も行っている証拠でしょう。
そういう慎重な姿勢というか、意識のうちにありながら、
整理すべきことを整理できない自分もいるのです。
何だか重要なことって、
「大きな円の中心部だけ」くらいに最近は思えてきて、
「こうじゃなきゃいけない、こうしなきゃいけない」
という自分の価値観の主張に終始するものが、
著しく陳腐な行為に見えるのです。

いい意味で何でもいい。
何でも楽しい。
そう、
何でも楽しさを隠し持っていて、
それを発見して引き出す楽しさを覚えてしまったから、
そういう意味で、
僕はもうこだわりが欠如してしまった。

ただし、そうは言っても本当に何でもいいというわけではなく、
僕が本当に受け入れることが出来ないのは、
著しく可能性を、
伸びシロを縮めてしまうような言葉や行い。

それは立ち位置の問題が主で、
その問題を解決するには、
やはり、僕自身どこにも属さない広い客観性を持ち合わせていないとうまく判断できないから、
だから、僕はどんどんニュートラルになるために、
勉強と経験を積み重ねていくつもりです。




本当に同じことを何度も言っていますね。
たぶんこれは、僕自身に言い聞かせているのだと思います。笑
もう君の言いたいことは十分わかった!
やるだけです。
4月後半はこの辺りで。
また5月中旬に。
ではでは
by keita-net6086 | 2013-05-03 15:07