2013年3月5日(2月後半)

2013年3月5日(2月後半)_e0102806_1235036.jpg


3月に入るとともに、気温が上がって過ごしやすい日が続いていますね。
まだ夜は少し冷え込みますが、いよいよ春を迎えそうです。
そんな中僕は、学校の課程をすべて終了し無事大学卒業を果たせそうな自分へのご褒美として、
何も課さない時間を自分に与えていました。
難しいことも考えず、
やりたいことに整理もつけず、
心の赴くままに時間を過ごして、動き出す3月に向けて気持ちを温存していました。
学校とは一線を隔して、新しい生活の始まりですね。
自分でもワクワクしています。
月を跨いでしまいましたが、2月後半の更新です。



2013年3月5日(2月後半)_e0102806_1241370.jpg




3月3日、いい一日。



卒業制作が終わって、先に言った通り2月は自分に時間というご褒美をあげました。
3月は色々な人と会い、報告やこれからの話、バカ話をする計画を立てています。
その先陣をきって3日、
昼間に高校時代からの友人ともよに会って、お互いに色々な話をしました。
ともよとは、大学受験の浪人時代に苦楽を共にした中で、
それ以来ずっと、何というかお互いに理解しあえる大切な友達です。
ともよからもいい報告ととてもくだらないオモローな話を受け、
いい時間を過ごせました。
小金井公園の近くで会っていたので時間もあるし、公園に行ってみようということになり、
園内にある「江戸東京たてもの園」に足を運びました。
ずっと気になっていた場所だったので、
偶然ながらいい機会でしたね。

2013年3月5日(2月後半)_e0102806_12154358.jpg


2013年3月5日(2月後半)_e0102806_12155496.jpg


たてもの園内にある建物は、僕らが生まれるずっと前に建てられた文化的価値の高いものばかりなので、
ノスタルジックに浸るのは少し上の世代だろうなと感じましたが、
気持ちとは別のところで、
その作りの細かい工夫や大胆な構図、
シンプルで丁寧な仕事に、
「はァ~、へぇ~」
と2人で感心するばかりでした。笑
温故知新という言葉がピッタリくる時間を過ごしたように思います。

ともよと別れ、夜はピエロの筆のメンバーの肇と役者をやっている明石さんと飲む約束をしていました。
役者の卵である肇を、映画、ドラマ、舞台で経験豊富な明石さんに是非一度会わせたいな~という思いから実現した機会でした。
明石さんは出会ったころから何だか息が合うというか、お互いに関心がある感じがしていて、
もう会うと時間を忘れて「表現論」を語り合います。
演じる上での苦悩。
描く上での苦悩。
表現という土台の上では、役者も絵描きも違いがないことが、
明石さんと話していると確かめることが出来るんです。
今回も僕と明石さんの怒涛の表現論議は行われ、初参加の肇は入り込む隙間があまりなかったようですが、
明石さんの話にはとても刺激を受けたようで何よりでした。笑
飲み放題2時間では語りつくせず、
結局次回に持ち越しとなりました。
夢中になって写真撮るの忘れてしまった・・・

理解できるというか、価値観を共有できるような人に会えること。
自分の周りにそういう人が沢山いてくれること。
こんなに幸せなことは無いのだなと、本当にしみじみと感じています。

さて、今月はまだまだ色々な人に会わなければなりません。
今から楽しみです。



2013年3月5日(2月後半)_e0102806_123233100.jpg




幸せな時間



仕事もせず、すべての時間を制作に捧げた2週間。
今振り返るととても幸せな時間を過ごしたのだと、しみじみ思うわけです。
小さい頃から、何故か「やりたいことをやる」ということに対して罪の意識を抱いてきました。
「好きなことだけやって生きていける程、世の中甘くない」という漠然とした意識にずっと支配されていました。
この意識が間違っているとも思わないのですが、
かと言って正解というわけでも全然ないと思います。
重要なことは、
僕たちが生きていく中で触れ合う多くの価値観に揉まれながら、
自分の中でしっかりと価値観を育むことだと思います。
「何か」の価値観に寄り添うのではなく、
自分の本物の価値観に気づき、育てる。
それが出来れば、
「好きなもの」は邪なものではなく、「自分を生かすもの」になり、
人生を彩ってくれるものになるのではないでしょうか。

考え方の違いや、
好き嫌いの違い、
育った環境の違い、
そんな小さな尺度の一つ一つで人や物を判断して、切り捨てる。
僕自身、自分の心の部分と丁寧に向き合っていないとすぐにそういうことをやってしまいます。
小さな尺度での判断は、自分を「楽」な方向へと導いているようですが、
実は自分をどんどん狭い方向へと追いやっている行為でしかないことに、
僕もちゃんと気づけたようです。

「好き」というのはキッカケでしかないようです。
それをどう育むのかが大切な部分です。
しっかりと育むことが出来れば、
「好き」が多くのことを教えてくれて、
自分を正しく導いてくれるはずです。

僕は絵に導かれました。
「俺の作品だ!」などと高らかに叫ぶ気は全く起きません。
ただただ、大好きな絵に世の中を教えてもらう、
僕自身を教えてもらう、
幸せな時間でした。

どうか皆さんも「好き」を否定せずに、認めてあげてください。
それは自分に幸せな時間を必ずもたらしてくれるものだと思います。




2013年3月5日(2月後半)_e0102806_1233123.jpg





もう無理だ




「たぶんここまで来てしまったら、もう無理だな。」
最近、そうやって思うんです。
歳を取れば取るほど、自分のバランスが取れてきて、
自分と上手に付き合えるようになってくる。
だから、どうしたら自分が輝くかとか、
どうしたら自分が周囲にとっていい環境、循環になれるかとか、
そんなことも大凡わかってくる。
でも、それは自分の型に自分を当てはめて、
新鮮味も刺激もない平凡な選択を繰り返すということではくて、
ちゃんと自分が生かされるように、
ステージを整えるということ。
それをしないと、たぶん自分に充実感がもたらされることはない。
だから、もう僕はここまで来てしまったから、
自分が生かされ、僕の存在によって周囲も生かせるような、
ステージ環境を整えずにはいられないのだと思う。

だから、後戻りすることはもう無理。
始まっちまったという感じ。
はァ~、もう面倒くさかろうが何だろうが、
やるしかありません。

もう、それから逃れることは無理だ。





2月後半はこのあたりで。
3月前半も会いたい人と会う約束がいくつかあって、
中旬には大学の卒業式です。
何か、気温の上昇とともに本当に気持ちも上がっていきます。
楽しみです!
それではまた、3月中旬に。
ではでは
by keita-net6086 | 2013-03-05 12:36